31 私を■したあなたたちへ
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[どんな顔をして伺えばよいのか分からなくて、随分と時間が経ってしまってからの来店だが。 ひっそりとでも約束を果たしたくて。
卯木がこちらに気付いても気付かなくても、勝手に話を始めた。]
……随分前に、マスターと会って、ここに来ると話していたので…… ……やっと来れました。
[ほうじ茶と大福が出てきたら、隣にいる雛子の注文したものが出てくるのを待って、一緒に食べ始める。]
(511) steel 2023/11/28(Tue) 22時頃
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えっ美味しーい!!
ねぇこれ美味しすぎるよ!一口食べる?
[一見、女友達同士のような雰囲気ではしゃぐけど、隣に座った女性に一口分けてあげる時の顔は、明らかに恋人同士だった。 実際は恋人ではなく婚約者であるが。
もしも卯木が気付いたら、少しずつ、帰還後にどう過ごしているのか。難しいけれど、聞かれれば心境も。本当に少しずつ、話すつもり。]**
(515) steel 2023/11/28(Tue) 22時頃
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──数年後・歌舞伎座──
[歌舞伎座に並ぶ紅紫色の旗。 その日は、綺羅之介の代表作となった演目『寒芍薬血染めの十字架』千秋楽だった。
内容はこうだ。 花魁・夕狐は姿見る者すべてを魅了する狐の妖怪。 位は座敷持で、結いは伊達兵庫。紅紫色の寒芍薬柄の着物を着ている。 町一番の美丈夫から、村はずれに住む若衆まで、皆が夕狐に恋をして求婚してくるが、夕狐は「私(わっち)の術に浮かされておるのであろう」と、誰も信じる事が出来ない。ある者は殺し合い、ある者は夕狐が手に入らぬことに絶望して自害していく。
寒芍薬が寂しく咲く林下、孤独に耐え切れず悪鬼と化す寸前の夕狐を、兄狐が毒殺する場面で舞台は終わる。]
「 有難う。 私、今 とっても しあわせ 」
[煙崎るくあの放ったあの言葉を、あの表情を 模していることは、綺羅之介本人しか知らない。]
(516) steel 2023/11/28(Tue) 22時頃
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[幕切れ前のこの台詞の名演技により、夕狐に魅せられた客足は途絶えず前例のないロングランになった。 その後も末永く再演され、愛される演目となる。
一度だけ、夕狐演じる中村綺羅之介がインタビューで答えたことがある。]
僕の演じる夕狐には、モデルとなった女性が居ます。 いえ、そういう意味では御座いません。 僕は妻以外の女性に恋したことがありませんので。
その方は……そうですね。 ずっと心の中で花を手向け続けているひとです。
[綺羅之介が夕狐のモデルとなった女性について語ったのはこの一回のみ。]
(517) steel 2023/11/28(Tue) 22時頃
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それじゃあ行って来るね、雛子。
[舞台に立つ前の中村綺羅之介はいつも、傍らで世話をする妻に声を掛けてから、光の中に歩み出していた。
尚、妻となった女性の名前は固く秘匿され、世に知れ渡る事はなかったけど、いつも一緒に居て笑い合っている、幸せそうな夫婦だったと記されている。]**
(518) steel 2023/11/28(Tue) 22時頃
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