31 私を■したあなたたちへ
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時折風に揺れ、軸の繋ぎ目でガタンと傾ぎ、曲面に座った身体はバランスを崩しそうになる。その度に冷やりとしながら、爪を立ててしがみ付いて、体勢を立て直して。本能的に四肢は震えてくるけれど、胸中は次第に解放感と清々しさが充ちてくる。味覚と同じように、恐怖心すら次第に麻痺してしまうのだ。
死への畏れを凌駕するそれは、ただの脳内麻薬の作用に過ぎない。愛と錯覚するには、狂い過ぎている。
予行演習は終えていた。窓から落とした向日葵のコームのように、自分もまた誰にも見つからず、掃除ロボットの手だけ少し煩わせてしまうだけ。 弧の軌道が天に差し掛かる。上昇は緩まったから、作業のようにゆっくりと確認しながら。一本一本指をゴンドラから剥がし、腰を上げ、不安定な足場に二本の足で、まるで初めて立ち上がった赤子のように。
(404) りしあ 2023/11/28(Tue) 00時半頃
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世界が あお で埋め尽くされる。
るくあの居ない世界の色。
あおが沁みて眼球を覆う水分が、粒になって散っていく。
(405) りしあ 2023/11/28(Tue) 00時半頃
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蒼穹の果てに、あるはずのない星を一つ、見つけた気がした。 その輝きを手中に掴もうと腕を伸ばす。上体が泳ぐ。何の変哲もないスニーカーの足が、トントンと踏鞴を踏む音。
「――――――――っ」
吸わずとも肺に飛び込んでくるほど、風が強い。悲鳴も出せない。
人は高所から落下する時、途中で失神すると謂う。 けれどそれより更に高みから、スカイダイビングなら地表まで意識はハッキリしていると。
落下速度のせいなら、自分は前者だろうか。
ただ、放り出された空はどこまでも広くて広くて高くて優しい。
その青空の抱擁に委ねる刹那は、 自由と存在と実感が、 ちっぽけな命とともに、確かにあった。*
(406) りしあ 2023/11/28(Tue) 00時半頃
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――9月XX日/カモメ荘108号室――
ピピピッ、――ピピピッ、 耳慣れたアラーム音。
頭が割れるように痛くて、ガンガンコンクリ壁にぶつけられてるよう。歪む視界は完全に宿酔のそれで、天井と自分の間に割り込む音の発信源の白いロボットを胡乱げに見上げた。
「…………っつつ、……またイけなかった?
やっぱり市販薬程度じゃ、どれだけ混ぜてもダメかぁ。 ―――― っう゛ぅぅ、ぇえ゛、」
敷きっぱなしの薄汚れた布団から、苦労して身を起こす。途端に頭痛が酷くなって、ユニットバスまで這って行った。 ギリギリ間に合って、迫り上がってくる胃液や何やを、床にぶちまけずに済んだ。洗面台に凭れながら嘔吐する。 曇った鏡には、幽鬼のように痩せこけて尚薄い顔立ちの青年が、窪んだ眼窩に虚ろなまなこを置いて、佇んでいた。傍らに、タオルを差し出す白い機体を*伴って。*
(409) りしあ 2023/11/28(Tue) 01時頃
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――9月XX日/カモメ荘108号室――
島を訪れたあの日から、キャンディ🌟チャンネルに新着動画が投稿されることはなかった。配信用のウィッグも衣装も化粧道具も、今は一切破棄して室内は簡素なモノトーン。ブロック型の栄養補助食品と爪とを交互に齧りながら、デスク上のモニタに映っているのは動画編集ソフトでなく、裏掲示板の書き込みだった。
「心臓麻痺に誤診される毒物ってどれかなァ。 できればるくあと同じのがいいけど、 キラ様に訊くわけにもいかないし……。 2度も幇助させたら駄目だよね。
……うぅん、どれも高い……。」
三つほど約束を取り付けてから、ネットバンクで支払いを済ませる。全ては画面越しで実感に乏しく、あの遊園地での出来事もまるで夢のように遠く記憶の底に霞む。現実は、灰色の水槽を搖蕩うようで、その乖離感を越えるのは痛覚だけになっていた。
(461) りしあ 2023/11/28(Tue) 12時頃
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「早くしないと、――もう随分キミを見ていないから、
好きなのに、大好きなのに、――だったのに、 忘れてしまう。顔も声も思い出せなくなってしまう。
……だから、はやく、し ないと、……」
半分以上赤黒く染まってしまったミサンガごと、左腕の蚯蚓腫れを掻き毟る。圧し掛かる不安に、眩しい彼女の笑顔を必至で思い出そうとするのに。いつしか柔和な表情は、よく似た坂理の風貌と重なって、脳内のるくあを上書いていく。だからモナリザのカウントは、5桁に入る前に停滞してしまっていた。
甘い毒の染入る感触をなぞるように、罅割れたくちびるを指先でなぞる。
(462) りしあ 2023/11/28(Tue) 12時頃
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準備も計画も整って、後は実行を待つばかり。ラップトップとモナリザをコネクタで繋いで、遊園地の管理とは異なるプログラムを流し込む。
「キミったら、銀島の外の地図すら組み込まれてない 超カスタマイズ仕様だもんなァ。 色々調教するの苦労したけど、 最新にアップデートしておいたから、暫くは大丈夫。
死亡届けも火葬予約もオンラインで仕込んだから、 後は大家さんを呼ぶのと、兎坂庵にお使いね。 何ならそこでまた、給仕の仕事するのもいいんじゃない。 ……和風の店構えと、やっぱりぜんっぜん合わないけど。ふふ。」
遺書はなく、全ての指示はモナリザへ。
巡り巡ってきた銀島の権利書と。 自分だけ異なる苗字の同居家族を疎んじて、十八歳で分籍した『宗美ワ』と書かれた謄本と。 時限で手続きされるはずの、各種届出のコピーと。 『お手数をおかけしますが、銀島に眠らせて下さい』と添えた骨壺と。
向日葵の枯れる季節から、数週間遅れて。木々が紅に染まる前に、プログラムされた通りモナリザが兎坂庵へと全て届けてくれるだろう。**
(463) りしあ 2023/11/28(Tue) 12時頃
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――銀島。
一体、また一体と欠けてゆき、辛うじて動き続けるモナリザたちは、今日も園内を掃除し、点検し、ホテルの客室も整えて、水やりもこなしながらお客様を待っている。
冷たい潮風が島を渡る頃、そこかしこに植えられたクリスマスローズが可憐な花をつけ、白、薄紅、淡橙、黄、緑、桃色から濃紫まで、グラデーションの波を描いて揺れていた。それはきっと、この地に眠る魂を、優しく慰撫するように、寄せては返し、幾度も、幾度も。
誰も目に留めることのない、観覧車脇の一株に隠れるように、添うように。端が罅欠け錆びついた向日葵の飾りが、置き去りにされていた。
(534) りしあ 2023/11/28(Tue) 23時半頃
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