10 冷たい校舎村9
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[ ああ、どうやらここは水の中みたい。]
(653) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ だからここは今から、うんと静かな水底。
全部、全部、たとえ話。 はじめから何か変だった。 その何かを手に入れたこともないから、 慎一にはうまく言語化できない。 慎一の世界を直接見せることもできない。
だからここはひとつ、 なんてことはない日常の話をしよう。 魚にでもなった気分で聞いてほしい。]
(654) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ さて。 慎一はこの不可解な状況に呆然として、 今ようやっと歩き出したとこだけど、 体が重たくってたまらない。
もたもたと不格好に歩いてる。 水の中では歩きづらいからね。
「なんで?」と「どうしよう」を、 交互に思い浮かべながら歩いてったら、 少し先に昇降口が見えた。出口だ。]
(655) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ ……実をいうと、少し迷ったんだ。
はじめは不可解な状況に、 茫然自失という感じだった慎一だけど、 このころには薄々理解しはじめてる。
単純に、慎一の番だった。帰る時間。
米なんて炊かなくてよかったんだな。 まっすぐ行ったら外に出れるのかも。 この息がまだ続いている間にも。
……そう、慎一は息苦しい。 水の中じゃうまく呼吸ができない。
でも、21時の少し前に集まろうって、 みんなで約束をしたはずだった。 21時の少し前って結局何分だよ。くそ。]
(656) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ みんなの中に自分も含まれているって、 慎一は信じているから、階段を上った。
こぽり、こぽり。 ときどき泡をこぼしながら、 3年9組の教室の近くまで。
それで──、少し離れた柱のとこ。 そこから先、なんとなく進めずに。 こぽり、こぽり、こぽり。泡が増える。
教室への入り方も忘れちゃったみたいに、 ただ、立ち尽くしていた。泡をこぼして。 もう息が続かないなあって思いながら。
みんなのところに行きたかったけど、 あの部屋の中も水でいっぱいなんだ。 慎一は知ってる。それが悲しい。]
(657) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ ……これでおしまい。
なんだろうなあ。 慎一にはなんにもなかった。 大きな不幸とか、別れとか、裏切りとか。 たとえばこの空間で邂逅できるようなもの。
だから、普通に歩いてきてみたんだ。 慎一にとって、日常の一部で大切な場所まで。
思ったよりも大変だったなあ。 でも、いつもそんな感じだった。 うまく表現できないけれど、 慎一は水の中で生きるのにあまり向いてない。]
(658) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ こぽり。ひときわ大きな泡がこぼれる。]
(659) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ 息ができないなぁ。 だんだんと苦しくなって、 慎一は無意識に首を掻きむしってる。
水の中なんだから当たり前だった。 当たり前なんだけど、悲しいなあ。 やっぱり慎一はうまく呼吸ができない。
でも、爪が短くってよかったなあ。 伸びてたりギザギザだったりしたら、 もっともっと痛かっただろうから。
いいことあったよ、深爪。 そうする理由を手放してしまったんでも、 別にやめなくてもいいと思うなあ。 案外いいこと、あるかもしんないよ。 案外、使う日が来るかもしれないし。]
(660) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ だんだんどこにも力が入らなくなって、 水中であるなら浮かぶべきなんだけど、 ここは学校だから、慎一は床に沈んだ。]
(661) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ 慎一は水中じゃうまく息ができない。 エラがなかったとは言わないけれど、 きっと形成が不全だった。
発達途上ならまだ救われたんだけど、 その一点においては、 いびつなのが慎一の生まれ持った形だ。
ほかがどんなに健全に育っても、 いつだって不完全な器官で息をしている。 一生のはじまりからおわりまで、ずっと。 それが、慎一のたったひとつの瑕だった。]
(662) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ きっと誰しも瑕のひとつくらいある。
それもわかってるよ。 どんなに慎一から見てかんぺきでも、 ふつうでも、息苦しかったりするんだろ。
だから……そう。 特別ぶりたいんじゃないんだ。 ただ、慎一はしんどくて疲れちゃった。 他人との比較なんかしなくたって、 自分で自分に疲れちゃった。]
(663) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ このまま生きていれば、 いつかはラクになるのかな。 みんなといることにもいつか慣れて、 この水の中でも息がしやすくなるのかな。
そんな夢を見ていたんだけど、 それってたぶん寝て見るほうの夢だったな。 目が覚めたら、もう疲れ果ててた。 それが悲しかった。泣いちゃうくらい。]
(664) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ つまり、やっぱり息がしづらいというだけの話。]
(665) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ 慎一は静かなのが落ち着くから、 最後までうるさくなんかしない。 その人形は、気づいたらそこにいる。 前だけ見て歩いてたら、通りすぎちゃうかも。]
(666) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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── 午後8時50分 ──
[ 遠く、遠く、遠く。 静かな水底にも微かに響く。 どこかでチャイムが鳴っている。
それは、購買からの帰り道。 ……あ、いやいや。昇降口じゃなく。 みんなのいるとこに帰るはずだった。 2階の廊下。教室の近くまできたくせ、 柱の陰に隠れるみたいに縮こまってる。
縮こまってるからわからないけれど、 首元にいくつも引っかき傷がある。、 どれもさほど大きな怪我ってわけじゃない。]
(667) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ 不自然なことといえばほかにひとつ。 血を流していない代わりに水浸し。
髪の端かどこかからぽた、ぽたと、 水滴をひたすらに滴らせている。
乾くまで放っておいてくれてもいいよ。 ひとりでいるのもラクで悪くないんだ。
でも、君たちといるのは楽しかったよ。 ……やっぱり、タオルだけ貸してくれるかな。]
(668) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ ……ただ、ほら。 顔も、手足も、胴体も、 上から下まで全部びしょ濡れだから、 泣いてたとしてもきっとわかんない。 それだけはよかったなあって慎一は思う。]
(669) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ たぶん、それが最後の思考。]
(670) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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[ お邪魔しました。 君の作った世界の中に、 慎一も入れてくれてありがとう。*]
(671) 2021/06/11(Fri) 23時半頃
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