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[ リクエストを聞いてくれた向井くんを
そっと見送ってから、
ひとみからかけられた言葉
……どこまで、わかってたの?
本当にびっくりしたんだけど、……まあいっか。
寝て起きたら言おうと思ってたら、
ひとみ居なくなってるしさ。
困ったっていうか、……何だろうな。
[ 酷い醜態を晒したことは、流石に言えなかった。
あれは私と黒沢ちゃんだけの秘密。]
[ 迷いつつ、言葉を探す。
彼女の方はと、いうと
以前聞いた守護霊の子とは、なんとかなりそう、と
……マネキンの側にあった小さな足跡、
きっとそれが、そうだったのだろうか なんて。]
……そっか。
ひとみにとって良い形に収まったなら、
よかったって思うよ。
教えてくれてありがと。
[ 思い込みの力って、強大だから。
それは私も身をもって知っているしね]*
ひとみちゃんの瞳は全てお見通しだからね。
……なんて。
私、何もわかんなかったけど、
茉奈ちゃんも似たようなことを抱えてるから、
相談に乗ってくれたのかなって。
[
あの相談の時に呟いていた言葉はよく聞こえなかったけど、
反応をなんとなく覚えていたから。]
あ……先に帰って、ごめん。
[そうか、茉奈ちゃんからしたらそういうことになるのか。
その後のことは分からないけど、私の帰るタイミングが悪すぎたらしい。]
[茉奈ちゃんが言葉を濁しても構わない。
話したければでいいし、話したくなければそれでも。
私は私の報告だけを伝えて、スッキリしたつもり。
うん。良かった良かった。
……あ、利美ちゃんから貰ったおふだの捨て方、
後で教えて貰わなきゃな……。
[結局意味の無かったアレをどうするかを思い出したように呟いて、
集中治療室で今も頑張っている乃絵ちゃんのことを想う。
クラスメートが死にかけているこんな時でも、
私は自分の荷を下ろせて笑って、不謹慎って言うのかな、やっぱり。
茉奈ちゃんとの話に区切りが付けば、
集中治療室前のほうへ戻ってみようか、と思って立ち上がる。*]
── 現在・病院外 ──
[ 傍から見た自分の姿など、
意識してもいなかったけれど、
確かによくばりさんのソレだった。
別に悪くもない相手に謝られながら、
こぼれおちそうなコーラ缶をキャッチ。
ただ慎一がぼーっとしてただけだった。
確かに、誰かに声をかけられた慎一は、
おおよその場合慌てているんだけれど。]
[ 「ただいま」って鳩羽が笑う。
病院の目の前にはちょっと不相応な笑顔で。]
……なんだよ、
そんなニコニコして。
いなくなった奴は帰ったんだって、
なんとなく予想はついてたろ。
[ つられて笑ってしまったくせして、
あんまり屈託なく笑われると、
慎一はなんだか少し変な気分。
先に帰って待つ立場ならともかく、
あの世界の主──黒沢が帰ってきたならともかく。]
[ ……あ、いや。ヤなわけじゃなく。
ただ少し不思議なだけだった。
だから今も、思い出したように痛がる姿に、
ささやかな日常を感じて笑っていた。
……頼んだらバンソーコーとか、
消毒液くらい貸してもらえんじゃね?
なんせここ、病院だし。
何があったんだか知らないけど、
男前が台無し……、
[ 保健室じゃないんだからって、
怒られてしまう可能性もあるけれど。]
[ 当たり前のように始まる、
なんでもないような会話が、
慎一にはいつだって心地よかった。
あのあと、あの場所では何があったの?
何か進展はあった? そう聞くより先に、
冗談交じりの言葉を投げながら、
不本意な疑問には否定の言葉を返す。
……自発的にだよ。
パシリじゃねーし。
[ ね。ここだけ切り取れば、
文化祭の会話といってもわかんないね。]
[ 「ユキも」そう言われて、
慎一は「そっか」って短く返した。
言われなくても、頭の中で数えてる。
誰が残っているのか。あと何人なのか。
チャイムが何かの合図だとすれば、
あとどれだけの時間が残されているのか。
ようやく非日常に、
言い換えればこの非情な現実に、
慎一の思考も戻ってきたところだった。]
ン、まだ戻んなくていいかな。
なんか、女子で話してたっぽいし。
[ ちらりと病院のほうを見て、ふいと歩き出す。]
[ カイロ代わりにもなるふたつと、
ちっとも恩恵のない冷たいひとつ。
どちらを渡すのが正解なんだろう。
「別にいいよ」って言いかけたけど、
やっぱり両手が塞がってちゃ不便だった。
どっちもどっちな選択肢に一瞬迷って、
慎一はあったか〜いを差し出した。
ン、サンキュー。
ポケットにでも入れといて。
そっちは振っても問題ナシ。
[ 自販機前、占領してちゃ悪いからさ。
少しだけ離れながら、慎一は笑った。]
……なンなんだよ、その二択。
[ 差し向けられた、ふつーorまじめ。
握りしめるには冷たいコーラを、
両手で交互に弄びながらその顔を見た。
いつもどおりみたいでそうじゃない、
ほんの少し弱々しい笑顔。
きっとこれも正面から見なきゃわからなかった。]
……どっちがしたいんだよ、おまえはさ。
[ 思わず、少し笑って聞き返してた。
少し性格の悪い答え方になっちゃうけど、
慎一はまだどう踏み込めばいいのかわからない。
今までそんなことしてこなかったからさ。]
[ でも、そうだなあ。
何も話したいことがないわけじゃないんだ。
だから慎一は一瞬おいて、ゆっくり口を開く。]
……俺はなー、
レンってすごいやつだったんだなーって、
まさに今。そういうこと考えてたとこ。
[ これはふつーの話だと思う?
それともまじめな話? どう思う?
行く当てもないから、ゆっくり歩いて、
いつもより少しゆっくりと言葉を吐き出す。]
[ ふつーでもまじめでも、どっちでもよくて、
ただその顔見てたら、口に出したくなっただけ。
どうだろう。慎一は静かに笑ってる。
「もう少し話す」のに相応しい話題だっただろうか。*]
― 幕間・柊家 ―
[病院に向かうにしたって
現実的な問題その2が伸し掛かる。
そう、つまり交通手段だ。
こんな時間じゃ電車もバスも通ってない、
高校生にはタクシー代もままならない、
誰か呼び出してきてもらうにしたって
うっすい繋がりの男の為に自宅まで
わざわざ来てくれる可能性も低い。
一先ず身支度をしていた所で
物音を聞きつけた親が起きてきた。
不良学生の俺だけど、こんな時間から出かけるのは珍しい。
怪訝そうに、けど少し離れて様子を窺う親に、
少しだけ逡巡して声を発する。
「―――あのさ。」]
友達が危篤で。搬送されたって。だから。
病院まで車、出して貰えないかな。
[それを聞いて両親の顔が歪む。
こんな時間に?今から急に?明日も仕事なのに、
って書いてあるのが分かる。
多分俺、今までだったらここで
やっぱいいよって薄笑い浮かべただろう。
ううん、そもそも頼まなかったと思う。
怪訝そうな父と困惑顔の母。
2人を見て、頭を下げた。]
自殺未遂で重体なんだって。
心配なんだ。……おねがい。
[顔を上げた時、2人は驚いたように俺を見ていた。
少しの間があってひとつため息をついた後、
来なさい、って母が言う。]
[結局、母の車に乗せて言って貰えることになった。
俺を病院まで送って行った後、
どこかで時間を潰してそのままパートに出るらしい。
迎えにはいけないけど大丈夫、って聞くから
バスか電車で帰るよって答えた。
友達は大丈夫なの、って聞くから
わかんない、って答えた。
静かだった。
暫くお互い無言のまま、走行音だけが響く。]
……ねえ。
虐待ってさ、
どうやって助けたらいいの。
[そう問いかけた時、
母親がはっきり目を見開いたのが
ミラー越しに分かった。
また数分の沈黙の後、
彼女がぽつぽつと話し始める。
俺の知らない話だった。
彼女ら夫婦は昔、俺が小さい頃に居たような
児童養護施設でボランティアしていて、
それがきっかけで出会って結婚したんだそうだ。
色んなこどもが居たそうだ。
障害がある子、親が亡くなった子、貧困家庭の子、
それこそ親から虐待を受けている子も
珍しくなかったらしい。
……昔の俺みたいに?
って突っ込んで聞く勇気は
流石にまだなかったけどさ。]
[それから、
色んな制度を教えてくれた。
専門のお悩み相談窓口みたいなものとか
困った時に逃げ込めるシェルターだとか、
場合によっては弁護士や裁判所が
相談に乗ってくれることも。
全部が全部は覚えきれなかったけど、
頭のメモ帳に書き入れた。
黒沢が戻ってきた後に、
もしも何か役立つことがあればと思って、]
「もう薄々気付いてるかもしれないけど。
大人も、思ってるほど立派じゃないの。
でも、あなたたちよりは知識をもってるから。
困った時は頼りなさい。」
[ふいに、そんな台詞が耳に届いて、
目を丸くするのは今度は俺の方。
でも、それ以上話を続ける前に
車が病院に到着したから。
運転席のその人は、じっと俺の方を見ていた。]
「由樹。
あなたの顔を久しぶりに見た気がする。
……友達、無事に回復するといいね。」
[そう言って俺を見る母さんは、
少し気まずそうな顔で。
それでも一番最初に会った時みたいに
穏やかに微笑んでいた。
その時初めて、俺も。
まともに彼女の顔を見て話したのが
随分久しぶりだってことに気付いた。]
[―――うん、だから。
殴りこみを頼むのはもうちょっとだけ
話してからでもいいのかもしれないな。
気持ちは有り難く受け取っておくよ。*]
― 病院にて ―
[俺の家は豊高から電車で2時間かかるところにある。
つまりそれだけ郊外にあるわけで、
鳩羽よりも到着するのは遅かったと思う。
受け付けの人に黒沢が居る部屋を聞いて、
病院内の廊下を歩く。
皆帰って来てる筈、とは思ったけど
やっぱり姿を見るまで安心は出来ないからさ。
きょろきょろと知り合いの姿を探していれば
誰か見つけられただろうか**]
メモを貼った。
── 病院外・シン ──
半信半疑だったよ。
だからうれしーんだよ言わせんな!
[居なくなったやつが帰れるかどうかは、
俺ん中でずっと確証なんて、なかった。
いや、だってさ
世界と同化するとか言うやつがいたから…
まあ結果的に帰ってこれたから、いいんだけど。
照れ隠しにゴツ、とグーで肩を正面から小突く
また蹌踉めかせても悪ぃから、
全然強くは小突いてないけどな! ]
[でも肝心のノエは帰ってきてない。
本当の「良かった」を言葉にするのは、
もうすこし、あとに取っておきたい。……って ]
え、なに?
男前っていった?
もう一回言っていいよ
[傷を擦りながらへらへらと笑う。
絆創膏は、あとで頼んでみようかなって
ちょっと頭の隅にとどめておいた。]
[両手に収まったのはカイロ代わりになるふたつ。
丈ぴったりのダッフルコートのポケットはでかい。
両ポケットに突っ込んだなら、見た目は悪いけど
俺も無事、両手は空いた。
すこしはシンの両手も、軽くなるだろ。な。]
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