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[ 夜のお菓子パーティー。女の子の秘密。
あの状況下で開かれていたと知ったら、
女子って強いなあって思っただろうが、
男の子の慎一がそれを知ることはない。
とにかく、慎一はもう現実にいて、
いつもどおりではない悲しい出来事が、
動くこともなく目の前に横たわっている。
だから、ベンチには腰掛けないままも、
その隣に立ってぼんやりと、
上着のファスナーを指先でなぞってた。*]
メモを貼った。
[
あはは、と苦々しく笑って見せようとしたけど、
上手くできたかはわからない。
利美ちゃんがすごいことになっていたのは直視したから、
残された私のマネキンも、言葉の通りすごいことになってたのだろう。]
そうだね。
ヒントは出してくれていたから、
私たち、答えなきゃいけなかったのかなって。
答えられなかったから落第して、
現実に帰された、とか。
[あのカッターナイフの大盛りだったり、
遺書のメールだったり、それらはヒントと言えばヒントだった。
そこから答えに辿り着こうとする心の余裕すら無かったから、
おそらくそれがダメだったのかもしれない。
答案用紙を白紙で戻した罰として、
私たちは校舎の出来事のその先を見ることを叶わず、
追い出されてしまったのかもしれない、なんて想像をする。]
そうだなあ。
炭蔵くんなら合格してくれるかな。
[誰か合格してくれる人がいるとしたら、
乃絵ちゃんを除けば炭蔵くんがそのイメージに相応しいだろうか。
私は委員長の内面に触れるような話をすることは無かったので、
彼の印象は今でも変わらず、クラスの支持を一身に受ける無敵の委員長だ。
……それと、これは言わないけど、
私があの世界でお守りのボタンを託した芽衣ちゃんも。
彼女は、私がずっと抱えていた話を聞いてくれた時のように、
もしかしたら、と心の隅で願っている。]
[夜のお菓子パーティーは女の子たちだけの秘密です。
男子には教えてあげません。
それに、もし乃絵ちゃんが戻ってこなかったら、
楽しい話では無くなってしまうのだし。]
あ、それズルい。
私も欲しい。
[
あの校舎の中でも、昇降口が開かなかったあの時、
彼はクレセント錠をいじっていたっけ。
今は外の空気を吸えて肩の力が落ちていたせいか、咄嗟に口に出した。
私のコートに付いているのはファスナーではなく、
黒くて平べったいボタンだったので、しっくり来ないけど、それを指先で掴んでみた。*]
── 現在・病院 ──
……あ、でも、
本当にすごいことになってそうなとこは、
俺、見てねえから! 布団被ってたし!
[ 少なくともあっけらかんとした感じじゃなかった。
そのときの番代の笑い方の話。
それをどう取ればいいのか。
慎一がとっさにしたのはそんな弁明。
ほら、おなかの部分とかね。
被せられていたのが布団というのもあって、
慎一がめくるのってどうなんだろって思ってさ。]
[ 不要かもしれない弁解をしながら、
あのときのことを思い出して、ひとつ気づく。]
……そういえば、あれ。
黒沢の字だったなあ、張り紙してあったの。
キツかったはずなのにな。
こんなことになっちゃうくらい。
限界だったとか書いてたくせに。
[ そんなときに気を回さなくてもいいのに。
残されてた張り紙を思い出して、
「えらいなあ」より先にそう思ってた。]
[ 落第生ばかり肩を並べて、
おしゃべりしながら試験官の帰りを待つ。
……うん、ヒントか。
答えがわからなかった、というより、
見ないフリしてた気がする、俺。
[ ぽつぽつとそんな言葉をこぼす。
落第生同士なんだから、
少しだけ反省点を述べさせてほしい。
慎一や番代に答えられなかった答え。
それに誰かがたどり着いてくれることを祈って。]
ユーガか。確かに。
[ 誰か、と言ったって、
あの場所には顔も名前も知っている、
クラスの友人らしかいないのだから、
名前を挙げてみることだってできる。
真っ先に、当たり前に炭蔵の名前が出て、
なぜか慎一は少しばかりうれしい。
やっぱり隠し事が上手だなあ。
くやしさは特にない。でも、どうだろう。
ふと、慎一は一歩二歩とベンチから離れて、
番代のほうを見ながら大きく手を広げてみる。]
……案外近いなあ。
[ その手の届く範囲の話。
両腕を広げた長さは身長と近いと聞いたから、
たぶん、これより5cmくらい狭い範囲。
黒沢がその中にいてくれればいいけど、
でも、もしも今、あのなめらかな両腕が、
炭蔵自身をぎゅっとするので忙しくても、
慎一は失望なんかしないんだけど……、
はて、あのかんぺき人間はわかってるかな。
それとも、そんなことになったら、
自分で自分を許せなくなっちゃうんだろうか。]
[ 何事もなかったかのように元の位置に戻り、
慎一はほかの名前を挙げてみたりもする。]
レンがさ、すげえ考えてた。
何をしてほしいんだろう、
なんなら教えてほしい、って。
……今思うと、アイツ、
自分が張本人の気、全然なかったな。
[ 伝えれば、きっと助けになってくれる。
寄り添ってくれる。力を貸してくれる。
鳩羽だけじゃなくて、あの場にいたみんな。
それ以上アレコレ名を挙げることはないけど。]
[ ふいに、「ズルい」と言われて、
慎一は少し驚いて自分の手元を見た。
ファスナーの表面は、
凹凸がざらざらとして触り心地がいい。
あまり意識もしていなかった行為を指摘され、
ボタンを摘まむ番代を見て慎一は笑った。]
ヤだよ。あげない。
[ ……ダサいウィンドブレーカーだしね。
今度は意識的に。自分を落ち着かせるために。
その感触を繰り返し指先でたどりながら。]
[ しゃべってて気づいたんだけど、
自転車を飛ばしてきたせいか喉が渇いた。
あとで外の自販機を見てこようかなんて考えて。*]
メモを貼った。
[
私の最後の記憶と、反応でなんとなく伺えるような気はするけどね。
乃絵ちゃんはあの世界でもいつも通りのしっかりした子で、
その印象が崩れることは無かったのは私も同じ。]
[ここはさながら落第生たちの反省部屋。
テレビ番組で、脱落した人たちが集まって談笑するようなああいう感じ。
……さすがにその想像は呑気すぎるか。やめよう。
??
[その意味が分からなかったので、
言葉にならない訝しげな声だけを上げて、首を傾げて見せる。
何かの距離を測っているようだった。]
[
とにかく、あの校舎に今も残っているであろう人たちを信じるしかない。
それしかないみたいだ、ということは共有できたと思う。
もう私たちは答えを、乃絵ちゃんが張本人ということを、知った身なので。]
えー。ズルい。
[
いや冗談だけどね。私は自分のコートのボタンで我慢します。]
なんか、触ってると気持ちが落ち着くねー。
今まで自覚してなかったけど。
[あの校舎での向井くんを見て気付けたことだ。
私の場合は、無意識に何かを握り締める癖。
それが自分の心を救ってくれていたことに繋がっていた。]
[
それを見送って、私は冷える廊下で待ち続けているだろう。*]
メモを貼った。
「 前の日まで普通だった 」とか
「 いつもと変わらなかった 」って、
その人物が死んだ後に
周りの人が言っていたりすることって
割とままあるんじゃないかな。
"突然"自ら死を選ぶ、なんて
そうそう起こるものではないと思う。
今回の私のは、あーー…………。
なんだろう、そんな気分だったから?
不思議な状況に巻き込まれて、
今まで考えてこなかったことの
新しい部分を見て。
そうしなきゃいけないと思ったからそうした。
自分にとって必要だったから。
きっと他人には理解されないだろうけど。
あの場所を作った誰かも、
何かをずっと募らせ募らせて、
それが必要になってしまったから、
こんな行いに及んでしまったのかなあ。
これはただの門外漢の予測に過ぎないけれど。
随分と溜め込んだ結果の爆発だな、とは思うかな。
死にたいって思うことも、
生きて欲しいって願うことも、
どっちも身勝手なお話だ。
[ ―――― そうして、目が覚めた。]
[ 起き抜けのぼんやりした頭で
いつもの見慣れた自室を見回す。
それから何の夢見てたっけ、なんて
のそのそと身体を起こして、]
――痛った、
[ 腹部に鈍い痛みが走って、
ついそこを抑える。
何かに刺されたような、傷跡が薄っすらと
臍を横切るように腹の真ん中に残されていて。]
…………。
ああ、そっか。
[ ゆっくりと自分の身体を抱きしめながら、
あれら全てがただの夢じゃなかったんだな、と。]
[ 変化はもう一つ。
…………ひどく、静かだった。]
[ そこまでして、携帯の通知に気付く、
利美からのメッセージ
黒沢ちゃんの現状を示される文には、
ああ、成る程ねと。一応の納得をして。]
……やっぱり、図太い人の仕業だったね。
[ 彼女の言っていた形容を思い出しつつ、
小さくため息を吐いた。
両親はもう仕事に行っていた。
綿見家がこんなに静かであることを、初めて知った。
身支度を済ませれば、ゆっくりと病院へ向かおう。]
―― 病院/待合室 ――
[ 集中治療室付近とか、初めて行くんだけど。
そもそも滅多に病院にも罹らないし。
若干まごつきながら、病院の待合室に
なんとなく座っていることにした。
いや、だって、こう。
もしかしたら彼女の悩みの一端に
私がなってたりもするかも知れないじゃん?
流石にちょっと気まずさはある。]**
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