10 冷たい校舎村9
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[ スマホを見て、九重からのメールを読んで、
慎一は今、自転車で病院に向かっている。]
[ スマホに目を通し切った時点で、
わたわたと目に見えた慌てて、
着の身着のままで飛び出そうとした慎一に、
弟は「兄ちゃん、とりあえず顔洗え」って、
ぐいぐい洗面所のほうに背中を押して、
妹はでかい声で「おかあさーん」って言った。
なんか大変っぽい。
いや、お兄ちゃんじゃなくて。
お兄ちゃんはいつものやつ。]
[ ……うん。いつものやつなので、
事情を知った両親からは、
割とスムーズに病院に行く許可が下りた。
なんかあったら連絡しなさい。
あと、自転車のライトはちゃんとつけること。
二点、玄関先で念押しした母の後ろから、
心配性の父がウィンドブレーカーを差し出した。
ほら、暗闇でちょっと光るタイプのアレ。
…………ダサ。
つぶやいたのは慎一じゃなくて弟の片割れ。
それどころじゃない慎一は、
素直にコートの上からそれを羽織って家を出る。]
[ 夜道。ペダルを踏みこみながら、
慎一はあの握りしめられた左の袖口を思う。
「慣れちゃった」って言ったあの口ぶり。
床に散らばったカッターナイフ。その替え刃。
「痛くない?」って聞いたとき。
「試してみる?」なんて保健室で言ったとき。
いくらでも点と点をつなぐ瞬間はあったのに、
たぶん、慎一は見ないフリをしていた。
自分のことで手一杯だから。
人のものまで抱え込んじゃったら、
きっと、もっと息がしづらくなるから。
……「むなしい」ってこういうことかなあ。
それとも、これは「くやしい」なのかなあ。]
── 現在・病院 ──
[ どうにかその場所を教えてもらって、
慎一は治療室のベンチの前までやってくる。
黒沢の家族と思しき女の人に、
ひょこりと会釈だけをして、
まっすぐ九重と番代のほうに向かった。
……挨拶するべきかもしれないけれど、
生来引っ込み思案なほうなのだ。
何と声をかければいいかもわからないし。
だからその人に背を向けるように立って、
病院でも怒られないくらいの声量で声をかける。]
……九重、メールありがと。
番代も来てたんだ。それで……えーと、
[ ちらっと集中治療室のほうを見る。
人が出てくるような気配はない。
重たい空気感にほうっと息を吐いて、
それで、ほんのつぶやきのように言う。]
……黒沢だったんだな。
[ メールの送り主の話。
あの校舎で見たのとおなじものが、
現実世界にもあったこと。
答え合わせみたいだなあ。とは、
さすがに口には出せなかったけれど。*]
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— 現在:3-9に近い廊下の片隅で —
[わたしが罪を告白した時、 真正面から見た向井くん>>3:457の眉は元に戻って、 どこか安心したような顔>>3:461をしていた。
今だけで言うなら、 わたしは向井くんをほんの少しだけラクにできたのかも。
でもその原因はわたしだ。 向井くんの喉に小石を詰めたのは、わたしだ。
これまでなら大して気にもしなかった……というか、 知る機会すらなかったんじゃないかな。 実際、今日まで疑いもしなかった。
わたしはあの日を、ちゃんと守れたと思ってた。]
(116) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[言われたから気づけて、言ったから伝わる。 だからこれはわたしが望んでやったことで、 罪悪感だってわたしが勝手に抱えちゃっただけ。
わたしの残った心のスペースは少なくて、 他人の入る場所はあんまり残ってないと思ってた。
でも、わたしが思うよりずっと、 わたしはみんなのこと、すきだったのかなぁ。
文化祭、楽しかったもんね。 わたしは廊下に貼られた写真たち>>4を見る。]
(117) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[わたしが自分で映ったのは集合写真の一枚だけ。 だからわたしが知らないものがない限り、 わたしの姿はそこにしかない。
みんながこっちを見ていた。 変顔も混じっていたけれどやっぱり笑顔が多くて、 顔がいっぱい並んでこっちを見ていても、 あんまり怖いと思わなかったのはそのせいかも。
楽しかったもんねぇ。 わたしは鳩羽くん>>78へ視線を戻す。]
(118) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[濡れてない鳩羽くん>>79が泣いてるのはすぐ分かった。 わたしは背中に触れる。
あたたかかった。「生きている」温度がした。 深く息を吸った膨らみが、わたしの手のひらを押す。
眼鏡をかけた鳩羽くん>>80がこっちを見ても、 そこに「いつも笑ってる鳩羽くん」>>2:568はいない。 またもやっとしてる>>2:560かな。
そんな余裕もない気がするけど、 わたしは背中側から鳩羽くんの心臓を撫でる。]
(119) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[鳩羽くんはタオルを持ってくることに反対しなかった。
九重さんの人形が見つかっても、 九重さんを探し続けていた鳩羽くん。 「人形」の血>>3:68って言ってた鳩羽くん。 でも黒板には、『殺されてる』>>3:79って書かれてた。
お互いの知らない非日常めいた朝>>3:630や 日常めいた昼>>3:623があって、 また明日>>3:177がやって来たね。
わたしたちの考え、経験したことや見える世界>>87は やっぱりいろいろ違うんだろうけど。 向井くんはもうここにいないってこと>>85は、 同じように分かってるんじゃないかなって思ってた。]
うん。
[だから返事は一言だけでいい。]
(120) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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……どっちもだよ。
[向井くんも、鳩羽くんも。それからわたしも。 どっちでもいいとか何かひとつだけじゃなくて 珍しく全部を選んでみたんだけど、 向井くん>>3:360みたいにかっこよく見えたかな。 わたしはあの言葉>>3:399、撤回してない>>3:589よ。]
(121) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[ひとみちゃんの隣で零した心情>>11は あの時より少しわたしの身体に馴染んで、 わたしを最低限笑顔にしてくれたと思う。
だから気づかなくてもいいんだよ>>81。 このお月様、我が強いからさ。 お日様が休んでいる日でも、 1人の足元を照らすくらいはできるかもしれない。
一番好きなもの以外、どっちでもいいと思ってたから。 わたしはこんな気持ち知らない。 どうしたらいいか分からない。 だからわたしは、笑っている。]
(122) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[鳩羽くん>>82はわたしの手荷物に気づいたみたいで、 わたしは使えなくなっちゃったってだけ伝えた。 畳んだところで血が少し見えているかもしれないけど、 そう目立つものでもない。 貼り紙があった以上、他のみんなも ひとみちゃんのことは知っていると思ったから、 わざわざ思い出させる必要はないかなって。
壁の向こうに進んだような小さな足跡を思い出していた。 友達、あんなに小さかったんだなって。 わたしはポケットに手を入れて、小さなぼたんに触れる。
同居していたもうひとつを指で探したけれど、 「今度」駄菓子を買うための10円玉はお財布の中だ。 見つからないものを、深爪の指で掻いた。]
(123) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[コートを置いてくるねと伝えて、わたしは教室へ入る。 鳩羽くん>>84の炭蔵くん>>104への説明を聞きながら、 わたしは自分の棚にコートの塊を押し込んだ。
炭蔵くんはどんな顔をしているんだろう。 いつも通りなら、その眸は前髪に隠れていたかな。
この距離じゃ覗き込むこともできなくて、 わたしは炭蔵くんが何を考えているのか>>100>>103 分からなかった。]
(124) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[炭蔵くんから目を逸らし黒板を見ると、 わたしが見た時より文字がいくつか増えていた。 やっぱり寄せ書きみたいだなって思う。
みんなが教室にいた理由を知ったり、 予想通りひとみちゃんのことが書いてあったり>>3:419。 ——それから、樫樹くんのこと>>3:341も。
薄情なわたしはようやく、クラスメイトとの別れを知る。
わたしと樫樹くん>>2:478はそんなものだったけれど、 あの穏やかな時間を、黒板の文字を覚えていた。]
……。
[ここにもお疲れ様>>1:317はあったかな。 もしなくても、きっと集合写真の後ろに写っている。 当然樫樹くん自身も、みんなの輪の中にいた。
わたしはその写真を探すように廊下へ戻る。]
(125) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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お待たせ。
[ダッフルコートを着たわたしが誕生するのはその後。 いくら手が大きいとはいえ、丈も袖も余りまくって まぁ、面白いことになってますね。 袖を捲ろうとしても戻って手が出せない……。
そもそも鳩羽くん>>83が寒いからと返そうとしたけど、 その意見は通らなかったんじゃないかな。]
ありがと。
[お礼はちゃんと伝えたよ。 お返しにマフラーでもと思ったけど、 端に血がついていたからコートと一緒に詰め込んだ。
柊くんと乃絵ちゃんはすでに移動したとか、 綿見さんも来てなかったとか、 ここにいない人の話、聞けるならその時知れたかも。]
(126) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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[まず保健室へで抱えられるだけのタオルを持って、 鳩羽くん>>85は更に別の場所から毛布を取ってきた。
それが向井くんのものであることは部屋の様子から 分かったかな。だからわたしは何も言わない。 雪みたいに白いタオルを向井くんに巻いてあげる 鳩羽くん>>87のことを見ていた。]
……。
[鳩羽くんがぽつりと言葉を零した。 その向こうには首元が見えて、何本もの浅い傷が見えた。 わたしの返事は少しだけ遅れる。]
(127) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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苦しかった……とは、思う。 でも嫌いじゃないって言ってたよ。
楽しかったって。 みんなと一緒なの、楽しかったって。
[苦しかったら楽しくなくて、楽しかったら苦しくない。 そんな単純なことなら良かったんだけど、 向井くんの世界はどっちもがいろいろあるみたいだから。
わたしはわたしが見た向井くんの話をしながら、 鳩羽くんの頭へ1枚のタオルを被せようとした。 向井くんの前にいるならしゃがんでいるでしょう。 それなら面白いシルエットのわたしにだって届くよ。
もう1枚は自分の頭へ。 こうすれば、髪が濡れてるのも泣くのも全部同じだよ。
わたしは鳩羽くんの隣へしゃがんだ。]
(128) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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だから……先に帰っただけだよ。 帰ったら、また会える。
一緒に帰ったり、いろんな話をしたり、 何ならはじめましてだって。 なんでも、できるよ。
[ひとみちゃんが握っていた紺色のハンカチを思う。 わたしと向井くんが半分ずつ持っている10円玉を思う。
樫樹くんにご趣味はって聞いたらびっくりするかな。 わたし、自分から話しかけるの慣れてないから、 最初はどんな風に話しかけたら上手くいくんだろう。
わたしは叶うかも分からない夢を見ている。
包帯みたいにぐるぐるになった向井くんに触れた。 雪のような白。 温かくはないけれど、凍るような冷たさもない。]*
(129) 2021/06/12(Sat) 14時頃
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夜笑国 メイは、メモを貼った。
2021/06/12(Sat) 14時頃
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— 水たまりの廊下 —
[わたしのこと、知らないのってフツーのことなんだよね。 だってわたしが話さなかった。
知らなくていいと思ったから。 わたしのことはわたしだけが分かっていればいいって 思ってたから。
でもそれは間違いで、 わたしが1人で生きている訳じゃないってことを 忘れていただけだった。]
……いるよ。
[鳩羽くん>>132の顔はタオルに隠れて見えない。 でもいつもより弱々しく聞こえる声とか、 鼻を啜る音>>133とか、向井くんの傷を撫でる指とか。 わたしにも届くものはあって、 つい零れた返事はやっぱりへらへらと薄かった。]
(140) 2021/06/12(Sat) 16時半頃
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[タオルの向こうからまた声が聞こえる。 これまでのこと、みんなのこと。 今この瞬間のこと、向井くんのこと。]
知ってるよ。見てたもん。
[家にいたら心配をかけるからって理由もあったけど、 わたしだって皆勤賞組>>0:362だ。 2人を見慣れるくらい仲が良かったこととか、 教室をぐるぐる回る姿>>0:380とか、全部、見てた。]
わたしから見ても楽しそうだったよ。 楽しそうだから会計やったんだって、 文化祭楽しかったって向井くんも言ってた。
[向井くん、勝手に喋ってごめんね。 でも言ったら伝わる気がして、わたしは言葉を続ける。]
(141) 2021/06/12(Sat) 16時半頃
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向井くんの文化祭に、鳩羽くんがいない訳ないでしょ。 ずっと、一緒にいたんだから。
鳩羽くんは鳩羽くんとして、向井くんの中にいるよ。
……わたしが言っても説得力ないかもしれないけど。 わたしは、そう信じてる。ううん、そう思うよ。
[信じたいという鳩羽くん>>134に、わたしは頷いた。 それから信じたいけど信じきれないこと>>135も。]
(142) 2021/06/12(Sat) 16時半頃
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びっくりしてるかもねぇ。 向井くん、そういうの得意じゃないよね。
イレギュラーっていうのかな。 文化祭のレジでもそうだったよ。 お客さんがトッピングアレンジしてくれって 言った時とか……。
[わたしと鳩羽くんは少しだけ、向井くんの話をした。 わたしだってここにいないことは理解しても、 絶対帰った、無事だ、なんて言い切れない。
頭のどこかでもしかしたらを考えて、 心のどこかに可能性>>3:152を抱えている。
夢>>129は、現実じゃない。 だから鳩羽くんの不安を取り除くこともできない。]
(143) 2021/06/12(Sat) 16時半頃
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[重い空気で満たされ、張り詰めた病院の廊下は、
誰かが来ればその気配がすぐに分かる。
帰れたんだね、と思いながら向井くんに手を振った。]
おかえり。
いろいろあったけど、帰れたね。
[いろいろ、に含まれるニュアンスには、
探していた出口は結局見つからなかったとか、
出る時に痛みと苦しみを伴ったこととか、
そのへんのことを思い起こしたものが混ざっているけど。
私はようやく外の空気が吸えて、背筋を冷や汗が伝うこともなく、
やっぱりこっちのほうがいいや、と思えているところです。]
乃絵ちゃんだった。
私、全然わかんなかった。
[向井くんはわかった?と聞くまでもなく、
彼も知らなかったらしい反応だったから。]
あの校舎を作り上げた人物の気持ちを200文字以内で答えなさい、って。
入試問題だったら、落ちてたかなぁ私。
[現代文は苦手じゃなかったはずなのにね。
答え合わせだったとしても、合わせるべき正答も知らない。
何かできることはあったのかって、ただただ後悔だけが降り積もっているし、
それでも尚、知ったところで人の重荷を背負えたつもりはない。
ただ身勝手に、夜のお菓子パーティの続きでもしたいねって思ってる。**]
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[雫みたいに、鳩羽くんの呟き>>138が聞こえる。]
いなくなる……帰る、んだよ。
[そう返すわたしの声は途中で詰まった。 そのためにわたしたちがどうなるのか、 九重さんやひとみちゃんを思い出し、向井くんを見る。 樫樹くんだってきっと、そうだったんだろう。
それとは別に、思うこともあった。
ここが誰かの頭の中の世界なら、 帰るっていなくなることなのかな。 文化祭の中、3-9の物ばかりが増えるこの場所で、 わたしたち、いなくなっちゃうのかな。]
(144) 2021/06/12(Sat) 16時半頃
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……嫌だねぇ。
[わたしは鳩羽くんに返事をしたけれど、 その意味はもしかしたら少し違ったのかも。
寂しいねぇ。って、わたしは呟いて、 向井くんに触れていた手を離す。また今度ね。 ダッフルコートの裾を踏まないように気をつけながら わたしはゆっくりと立ち上がった。]
(145) 2021/06/12(Sat) 16時半頃
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