31 私を■したあなたたちへ
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「 兎坂庵。 ああ ……。 」
店名が呼び水となったのだろう。 呼び起される記憶がある。>>0:174 それは俺にとって、若干の苦味を伴っていて。
煙崎さんに案内されて訪れた兎坂庵の入り口で、 俺は一方的に卯木氏の顔を見ていた。 そのまま用事を思い出したと、踵を返したのだった。 これは俺の中でのみ問題のあることで 彼には全く無関係な事柄である。
なので、友達なのか彼氏なのか先輩なのか。 彼女がどのような関係性を称したのかは、 俺も知り得ぬところである。>>5
(40) 2023/11/17(Fri) 07時頃
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律儀に届けられた内容を確認し、返事を送れば、 ああそうだったなと。 一つ、彼女のことを思い出した。 甘味のことになると、いつになく饒舌な姿。
脳裏でつかの間の再会を果たしているうちに 続けざまに送られるメッセージ。
各内容を脳内に叩き込み、整理する。 高校時代の養護教諭の名には覚えがあった。 中には対面している菊水先生のものもあっただろう。
(41) 2023/11/17(Fri) 07時頃
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郷に従って、文字の装飾も添付ファイルもない 端的な一文のみ送信すると。 顔を上げ、実物の菊水先生に向き直り。
「 流石は先生ですね。 埋め立て許可 …… テーマパークの名目で 取得するのは考えにくいって話ですよね。 テーマパークの前は何があったんでしょう。 」
彼女の話なら、国益に繋がるような施設。 普段であれば調べれば済む話だが、 あいにくスマホは沈黙していた。
(42) 2023/11/17(Fri) 07時頃
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「 …… そうですね。 姉弟と思われるのは別に構わないんですが。 菊水先生は観覧車に行くんですよね。
同行するのに弟では役者不足でしょうから。 」
そんな話もひと段落した頃合い。 アポロで見た彼女の紹介文を思い出し。 これからの話には、 お気をつけてと、小さく微笑んで 身を案じる言葉だけ送り。
自身は休憩スペースに留まって、 二杯目のドリンクをオーダーすることにした。**
(43) 2023/11/17(Fri) 07時頃
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二杯目のドリンクは「ロケット・ランチ」にした。 まさにロケットの打ち上げような衝撃が味わえる。 そんな触れ込み通り、一口含んだ時点で なかなかパンチの利いた味がした。
平時に飲もうとは全くもって思わないが、 やはり空間が持つ雰囲気に染まることこそ、 テーマパークの醍醐味だろう。 パークに置いて、はしゃぐのは最早礼儀ともいえる。
なお醍醐とは牛乳を加工した汁を表すが、 乳製品の味は全くしないので注意してほしい。
よし、閑話休題。
(55) 2023/11/17(Fri) 12時頃
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個別のメッセージを返す。
煙崎るくあとの関係性。 探られるのは予想していた。 もしも本当に彼女を殺した犯人がいるのなら、 動機の面で重視されるポイントだろう。
愛憎は表裏一体と聞く。 彼氏と答えるのは避けるべきかもしれないが。
兎坂庵へは、同じ高校の生徒も良く訪れている。 彼らは俺達が恋人同士だと思っている、 そのために演じていたのだから。
ならば虚偽を告げたところで、 露見の可能性は十分にあった。
(56) 2023/11/17(Fri) 12時頃
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「 まあ、こっちが嘘なんだけどね。 」
共犯である煙崎るくあはもういない。 一人で偽りを続けること。
いつか感じた苦味に近しい感情が、>>40 どろりと渦巻いた後、澱みとなって 腹の底に溜まっていくのを感じた。
(57) 2023/11/17(Fri) 12時頃
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どうして、だろうな。
問いかけたのは、誰に対してか。
もし煙崎るくあを愛することができたのなら。 嘘にしないですんだなら。 俺は彼女と付き合ったりなどしなかっただろうに。*
(58) 2023/11/17(Fri) 12時頃
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あの日、踵を返した理由。>>40 卯木 宙太は俺の初恋相手に似ていた。
(59) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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幼稚園の先生に恋を落ちる。>>0:152 よくあるエピソードだ。
ただ、それが男性であることは、 幼稚園教諭の男女比率を考えると 珍しいことだったかもしれない。
『 ひいらぎ君はね。 大きくなったら可愛い女の子の お嫁さんを貰うんだよ。 』
(60) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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淡い想い行方など、端から決まっていた。 こちらは未就学児だ。 相手が異性だとしても叶うことはなかっただろう。
『可愛い女の子のお嫁さん』。
初恋相手の青年は、 俺が好きだった温かな声と優しい笑顔で 俺が異質だということを教えてくれた。
(61) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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男性ではない。彼だから好きだったのだと。 貫けたなら、まだよかったのかもしれない。
しかし存外惚れっぽかった俺は、 年齢を重ね、再び恋をして。 惹かれるのはいつも同性だった。
そのくせ神様は、異性受けのいい外見 ──── なんてものを与えたから。 彼女らは無邪気に俺を校舎裏に呼び出した。
頷けるわけがなかった。 期待に満ちた目が、「どうして?」と曇る度に、 自身の異質さに潰されそうになる日々。
告白にかこつけ、 過剰なスキンシップでも要求されようなら、 喉奥から込み上がるものすらあった。
(62) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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煙崎るくあと出会ったのはそんな頃だ。
彼女は同性から見ても魅力的な女性だったのだろう。 勝ち目がないからと。 煙崎さんと付き合ってから、告白はわかりやすく減った。
訪れた平穏。 胸を焦がす感情はなくとも。
愛する必要のない相手と過ごす時間。 身体を重ねることも、 キスも必要としない関係は、存外心地良かった。
(63) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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彼女に最後に会った日。>>0:96 包み込むような淡い微笑みを今も覚えている。
(64) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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その日の勝負は、俺の負けだった。>>0:172 敗北の代償として、俺はくだらない話をした。
淡々とした軽い口調で、 いつものように、個人情報を彼女の耳に寄せて。
「 俺が好きな奴は、君のことが好きらしい。 」
高校で出会った彼は、 お人好しで、他人のために損をして笑うような。
そんな、不器用なタイプだった。 …… どうにも俺はそういうのに弱いらしい。
(65) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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「 君と付き合っている俺は恵まれているそうだ。 イケメンは羨ましいと。
…… まあ、あいつだけじゃないな。 よく言われるよ。 」
(66) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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「 なのに、どうしてだろうな。
俺はちっとも、 自分が恵まれているとは思えないんだ。 」
(67) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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口元は微笑んだまま。 涙の代わりに、瞳の奥で光が揺らめいた。
あんまりな言い方だったと思う。 仮にも交際相手へ。 理不尽をしか与えられなかった彼女に対して。
「 私たち、本当にお揃いね 」>>0:97 …… あの瞬間。 何を持って煙崎るくあがそう言ったのか。 確かめることはもう叶わない。
今更ながらに思い知る。 死ぬとはそういうことだ。
(68) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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「 …… さて、どうするかな。 」
ロケット・ランチ。>>55 二口目を飲むのは断念した。 代わりに、椅子を引いて立ち上がる。
答えはわからなくとも、決まっていた。
訃報を聞いて、涙を零すことすらできない。 薄情な彼氏だった。
そんな俺が今できるのは、 せいぜい、彼女の痕跡を追うことだけだろう。**
(69) 2023/11/17(Fri) 12時半頃
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立ち上がりとほぼ同時。 アポロが告げるのは卯木氏からの返事。 そのまま目を通して。
「 ほうじ茶と兎型の大福か。 ……… ふっ。 」
ついと、吹き出した笑みは無意識だった。
どうやら向こうも移動するようだし、 会話を閉じるような文を選んで入力する。
(85) 2023/11/17(Fri) 19時半頃
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納得してから、ああ、と気付く。 何にもなれなかった俺達だけど。 緩んだ顔で、大福を頬張る煙崎るくあの姿は、 容易に想像できたから。
どうやら俺の中にも、多少なりとも 彼女という存在が『いて』くれたらしいと。 そうだな。 ほうじ茶も甘い物も、好きでも嫌いでもないけど。 ほうじ茶の香りと共に語らう時間は、
多分、好きだった。>>0:102
(86) 2023/11/17(Fri) 19時半頃
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最後に、卯木氏へ送ったメッセージを一瞥する。 …… 縁起でもなかったかもしれない。 でも、もう送信してしまったから。
煙崎さんを殺した犯人のこと。 今回の一件を企てた黒幕のこと。 並べれば、厄介さに頭を抱えそうになる。
(87) 2023/11/17(Fri) 19時半頃
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しかし、命が懸かっていると警告を受けているが ヒーローになれるとも思っていないただの学生としては、 解決しようとも、できるともあまり思っていない。
上手い具合に状況を掻い潜り、 最終的には警察に任せたいところだ。
ただここは、煙崎るくあの関係者の集まる地。 彼女を知るには、うってつけだから。
優しさに、優しさを返せなかった彼女。 その生前の軌跡を辿るだけの、自己満足の路。
(88) 2023/11/17(Fri) 19時半頃
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「 そうだな。 俺にはそれくらいがちょうどいい。 」
額に滲む汗を、手の甲で拭うと。 気負いも、責任もない足取りで。 俺は、俺だけの目的へ向けて歩き出す。>>69**
(89) 2023/11/17(Fri) 19時半頃
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卯木氏からの過不足ない丁寧なメッセージ。>>104 煙崎さんのお兄さんいわく、大人の男性である彼。 なるほど、同世代からはあまり得られない そつのない印象を終始抱いたまま、やり取りを終えた。
なのに再び『アポロ』が着信を知らせたのは 天の川ロードを下り、別エリアへ向かう途中だったか。 一斉メールなら、目だけ通すつもりだったが。
「 …… しましたよー。挨拶。 」
どうやら不足だらけだった自身の投稿へのご指摘が。
(173) 2023/11/18(Sat) 07時頃
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よろしくお願いします。 とでも添えるべきだったのか。>>54
とは言え直前のお兄さんの全体メッセージを見る限り、 指摘した側にも欠けている意識だ。 対面した印象では、格下の礼儀のなさに 眉を顰めるタイプでもなさそうだったが ……。
殊勝な文章を作り直すのも、 大した手間ではなかったが。 せっかくの機会でもある。
咎める者もいないだろう状況。 立ち止まらないまま、 歩きスマホならぬ歩きアポロを返す。
(174) 2023/11/18(Sat) 07時頃
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やあ。我ながら面倒くさい文面だ。 呆れたお兄さんが返信を諦める可能性は、 そこそこあるに違いない
別に煙崎さんとのやり取りを 此処でなぞるつもりはなかった。>>0:172
ただやはり、俺はそこまで話し上手ではなく。 単なる、暇潰しでしかない。**
(175) 2023/11/18(Sat) 07時頃
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添削ではなく、単に見逃されていたようだ。 ならそこでやり取りを終えてよかっただろうに。
話に乗ってきたのは、 状況を改善しようという藁にも縋る想いか。
はたまた単に意外と勝負好きなのかもしれない。
…… 煙崎さんはどうだっただろう。 些細な勝負の数々。 意外と楽しんでいたのか、 彼女の務めとしての、義務感でしかなかったのか。
願わくば、前者であればいいと。 もう祈ることしかできない相手だ。
(185) 2023/11/18(Sat) 12時半頃
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まあ、付き合ってもらえるのなら遊んでもらおうか。
「 どこで何をするか、か。 …… 決まってるはずがないんだよなぁ。
あ。 これでいいか。 」
明確なプランニングなどあるわけでもない。 たまたま目の前にあった「スペースデブリ墜とし」。 そのまま題材に選び、説明文にざっと目を通す。
どうやらシューティングゲームの一種で、 宇宙を漂うスペースデブリに照準を定め、 100発の弾でいくつ落とせるかを競う遊戯らしい。
(186) 2023/11/18(Sat) 12時半頃
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「 えっと。ここをこうするのか。 」
的に狙いを定め、全弾打ち尽くせば 応じた結果が表示される。
TOP10まで登録されるランキング順位は、 まだ誰も遊んでいないのか、 自分の名前が頂点に躍り出た。
以下は当然空白だけが並ぶ。
(187) 2023/11/18(Sat) 12時半頃
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