31 私を■したあなたたちへ
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9月の約束。>>-143 果たされても果たされなくとも。 対面で謝罪したか、今はアポロを用いずに送る 文面で告げるかの違いだろう。
更に加えるなら。 シェフに賞賛の言葉を惜しむことなく。 牛肉の旨みが最大限に引き出された肉塊が、 口の中でホロッと崩れる感触に相好を崩す。
そんな坂理柊が見られるかどうかの。
(234) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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元より大学生は長い休みだった。 家族に出かけることも伝えている。
誰かの告白がメディアを騒がすようなことがなければ 銀島の一件が特に何かをもたらすこともなく。 俺はするりと日常に回帰する。
煙崎るくあはもういない。 唯一無二の事実と共に。
(235) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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── 坂理くんって。 今、誰とも付き合っていないんだよね。
ゼミ飲みの帰り道のこと。 たまたま向かう方角が一緒だった。
赤くなった頬に、うわずった声。 流れるような艶やかな長い髪。 綺麗に形を整え、丁寧に色を塗られた指の先。 時間経過を考えるなら、多少は崩れているはずなのに 一部の隙も無かった。 ナチュラルメイクで色を刺す淡い桜色が よし、と。意を決したように引き結んだ後。
(236) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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『 好きです。付き合ってください。 』
まだ眠らない街の一角。 灯りに照らされて、大きな瞳が揺れる。
文句なしに可愛らしい子だった。 なのに、何も感じない。 つきりと胸を刺す痛みは、凪いだ心にだけ向けられて。 自身の異質さを思い出させられる。
付き合っている彼女がいる。 それならば頷く人も多かった。 しかし彼女は死んでしまった。
単に好きになることができないから。 そんな断りが許容されない時間の再来。
(237) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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「 …… 悪いけど。
恋人を失くしたばかりで。 そういうことは当分考えられないんだ。 」
思いついた。 だったら煙崎さんには生きてもらおうね。 俺の心の中あたりで。
(238) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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まるで痛みを堪えるかのように。 悲しげに苦笑をもらし、曇る瞳を伏せたなら。 相手はズキュンと何故かときめきに耐える顔で、 それでも謝罪と共に去って行ってくれた。
去る背を見送りながら 学内中に広めてもらうのを期待する。
「 よし。上手くいった。
というわけで、死んじゃったところ悪いけど。 もうしばらくよろしくね、煙崎さん。 」
(239) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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そう隣に向けても、当然返る声はないのだけど。 もし聞くことが叶うなら。
それは、呆れたように憤慨する声か。 仕方ないと許容する微笑みか。 恋人でもない、先輩後輩でもない、友達でもない。 それすらも、分からない間柄。 …… 代わりに浮かぶ怒声もあるのだけど。 俺はいつも片想いばかりだと。 いつかのとんでもないキスの味。 過ると、月夜に照らされ、ふ、と柔く息を吐いた。
(240) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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ここにモナリザはいないけど。 家に帰りベッドに寝転がると、 惰性のようにスマホを起動する。
決して音質の良くないスピーカーが吐きだすのは、 ラヴェルの『亡き王女のためのパヴァーヌ』。 捧ぐ様に、偲ぶように。
スマホが生むのは重さのない音色。 それでも重なれば旋律となり、余韻を生む。
最初から、最後まで。 俺達の間には何もなかった。
(241) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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『 私を▪したあなたたちへ 』
空白を埋める言葉がなんであれ。 確かなのは、そこにいるのは、俺ではない。
俺は君を殺さない。 俺は君を愛さない。 俺は君を穢さない。 俺は君を癒さない。 …… 煙崎 るくあ、
(242) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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── 俺は君を忘れない。**
(243) 希 2023/11/26(Sun) 13時頃
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煙崎灰羅より救助が来るともたらされた後。
ホテルの自室でくつろいでいた。 ちかちかと、ベッドの上に放り投げていたアポロが 自身の存在を主張したのは、
何をするわけでもなく。 窓越しに、今も眠らない 遊園地の灯りを眺めている頃合い。
(446) 希 2023/11/28(Tue) 08時半頃
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ストーカーには釈迦に説法だっただろう。 もっともその事実を、己は知るよしもなかったが。 それでも、知ったような口をきいてしまったとは思う。
煙崎さんとはお似合いではないよ。 勝負は君の勝ちだった。 ワくんを見つけられたと、自惚れてもいない。
他に言葉を加えようにも、 どうにも否定が並んで参った。 拒絶の羅列ばかりでは、良い心証を与えない。 怒らせてしまうかもしれない。
(447) 希 2023/11/28(Tue) 08時半頃
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だから、返せる唯一の肯定を。
…… もしかしたら、 一番怒らせてしまうかもしれないと。 小さく笑みを含みながら。
(448) 希 2023/11/28(Tue) 08時半頃
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送信を終え、再び窓の外へ視線を送ったのは、 誰かがゴンドラを大きく揺らしたのと 時を同じくした瞬間だったかもしれない。
きらり、瞬いて。 遠くで星がひとつ。尾を引いて墜つ。
思わず、見上げた空に伸ばした手。 嘆息の後、そのまま引く。
誰かを楽しませるために作られた 人口の星も綺麗で楽しかったけど。
決して届かない綺羅星は、やはり美しいと。 そんな陳腐な感慨を抱きながら。**
(449) 希 2023/11/28(Tue) 08時半頃
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再会は予定より遅かった。 季節限定プレートは一人で食べることになる。 そのくせ悪びれない軽口に、端正な顔で同じ口を返す。
「 お久しぶりです。お兄さん。 随分な遅刻ですよ。 」
本当は煙崎るくあの兄ではなかったのだと。 知る機会すら怪しい身だが。
真実を得ようが得るまいが、 そこに意義を見出さなかったなら。 どちらにせよ紡ぐのは、 彼自身の個を排除した呼び名だろう。
(485) 希 2023/11/28(Tue) 17時頃
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「 どうか次回があるなら、 自分の手のひらに収まるものだけに。 旅行に持って行く荷物の鉄則ですよ。」
走らされたこと、忘れてはいないのだと。 眼差しはじとりと、湿り気を帯びるのだが。 そんな空気も、真っ直ぐな視線に散らされる。
「 ええ、俺は大丈夫ですよ。
…… そういえばあそこは、 飲み物のハズレが多かった。 」
何が、とは問わなかった。ただ事実だけ持って笑う。
(487) 希 2023/11/28(Tue) 17時頃
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視線は逸らさないまま。 別の話題を続けたのは。 この話を続ける気がないという意思表示。
俺が知るだけでも2種。 地雷ドリンクが埋まっていたと。
語る口調は、自身でも気付かないうちに、 懐かしむようなものとなる。
「 そういえば俺。 ほうじ茶も甘味も好きじゃないんです。 」
なら何故この時間をねだったのか。>>1:86 俺は言わないし、きっと彼も聞かないだろう。 そんな、捻くれた信頼感。
(488) 希 2023/11/28(Tue) 17時頃
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「 そうですね。 また会う機会があれば。 」
彼の指先で重なる伝票に向けて。 意外なことに「また」の予感はあった。 しかしそれは必然ではなく、偶然を標にしたものだ。
月見ハンバーグが反故にされたように。 その日ではなく、いつかの約束。
一人になれば、静けさが舞い戻る。 ぽっかりと空いた時間は、 物事を考える隙を与えてしまう。 店内を、そして順に、窓の外を眺める。
(489) 希 2023/11/28(Tue) 17時頃
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汗が滲むどころか。 月見や南瓜を主軸とした商品も、 木枯らしが攫ってしまって久しい。
視線の先には、 枝にたっぷりと花をつけた薄紅があった。 心地の良い柔らかい風が、幼い緑をゆすり、 冬眠していた虫たちが目覚めて這い出てくる。 文句のつけようがないほどに、 美しい季節だった。 「 ああ …… そうか。 」
(490) 希 2023/11/28(Tue) 17時頃
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「 夏は、もうとっくに 終わっていたんだな。 」
なのに、ぽつりと思い出したかのように。 呟きに哀愁をまとわせたなら。
煙崎灰羅が去り、空席となった場所。 しばらく沈黙を共に見つめていたが。 やがて瞳の奥で揺れる光を閉ざすように、 坂理柊は、自らの睫毛を伏せた。**
(491) 希 2023/11/28(Tue) 17時頃
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