一日置きに張り込むこと9度、ついにるくあが友人を連れて卯坂庵の扉を潜った。高鳴る胸を抑えながら、卓の下で足を落ち着きなく組みかえる。どこか儚さを湛えながら、るくあは日に日に大人びて優雅に咲き綻んでいく。僕はその芳香に惑わされる小さな虫。店内の和紙越しの柔らかな光の下で、僕のるくあは今日も抜群に綺麗だった。
此方に背を向け、大福のセットを注文するるくあを、学友と和やかに時を過ごするくあを、僕は一分一秒を惜しむように、目に焼き付けた。
茫っと見惚れてしまっていたら、持ち上げたコーヒーカップがソーサーに着地し損ねて、硬質の音を響かせる。その時、ふっとるくあが此方を向いた。目が合った。
「…………っ!!」
不覚だ、尾行に気付かれるなんて。偶然だね、なんて声をかける度胸もなく、僕は3分の1飲み残したコーヒーと紙幣を置いて、お釣りも受け取らず脱兎の勢いで店から逃げ出した。
(290) 2023/11/20(Mon) 12時半頃