― 帰還の日/イワノフの自室 ―
[口元にドラッグの光はない。だれとコミュニケーションをとる必要もない自室のかれは、妄念の海に生きている。そこは豊かで、過去に満ちている。そこでかれは取り返しのつかないいくつもの昔日に取り巻かれ、いつも取り返し損ねて目を覚ます。]
水の底には過去が堆積している。その星の歴史の底で、だれも思い出さないものがある。
だが人間は深海にも行く。探索は続く。研究は続く。
[過去は戻らない。]
いつか遠い将来、『マーレ10』が人類の移住先になった時、オレたちを越えて、海洋研究は進む。深海探査艇も出る。
オレたちの今回の装備よりもっとはるかに上等なやつだ。
その時、人類は海の底に、山ほどの『マーレ10』の地質学・地史学的資料に混じって、
[過去は記憶のなかにある。あるいは海の底に。]
オマエを見つけるんだ。
ライジ。
[かすかに口ひげを上げて、笑う。]
(65) Бесы 2021/11/17(Wed) 15時頃