10 冷たい校舎村9
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楽しいだけなら良かったのかな。 ……でも、現実じゃなくなっちゃうけどね。
[綿見さんが教室を出ていく。 1人は危ないと呼び止めようとしたけれど、 その先が浮かばずに、わたしは見送るだけになった。]
(523) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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[わたしはチョークを置き、鳩羽くん>>407へ向き直る。 顔を伏せている時には分からなかった。 声も、顔も、夜みたいに暗い。]
……。
[手元を見つめる鳩羽くん>>408を見て、 わたしは返事を止めて自分の席へ戻った。
取り出すのはつめた〜いレモン。 目を閉じたら、身体に入っていく道が分かる気がした。 残りの半分を傾けたら目を開く。]
(524) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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ね。お茶目じゃなかった。
[わたしの席は左から二列目の一番後ろ>>0:1154。 鳩羽くんから隣の列。 ここから鳩羽くんを見ると、空の色がよく見えた。
雪の止む気配はなく>>#0、分厚い雲が重たく広がる。 鳩羽くん>>409の目にもお日様は見当たらない。]
(525) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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[わたしは握りしめていた薄青色のぼたん>>196を ハンカチの代わりにポケットに入れる。 これで片手が空いた。 わたしはホットじゃないレモンを左手に持ち替え、 鳩羽くんの机に向かう。]
うん。
[机の前に回ってしゃがみこむと、 わたしは鳩羽くんの机に両腕を乗せた。 ……訂正。 ちょっと高さが足りなくて、踵を持ち上げて誤魔化す。]
(526) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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それはね、さすがのわたしでも分かるよ。 あと、元気がないのは悪いことじゃない。 何なら普通でしょ。今、この状況なら。
[少なくとも、わたしは鳩羽くんより元気だ。 だってクレープの文字にお腹が震えたし。 そうあれたのはひとみちゃんのおかげなんだけど。
3年間のつかえが取れて、未来の約束もした。 力になれるならって思ったけど、 結局ラクになったのはわたしの方なのかも。]
(527) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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[そんなことを知らない鳩羽くんは、 平気そうなわたしを見てどう思うんだろう。
彼が学校中を探し回った>>192なら わたしたちの姿も目撃したかもしれないけど、 たぶんわたしはひとみちゃんを見ていて気づかなかった。
わたしが知っているのは、わたしの不安を ひとみちゃんと一緒に晴らしてくれた声>>227だけだ。
1年前まで、他人からの見え方を気にしたことのなかった わたしは、今でもそういうとこ、ズボラなんだよね。]
(528) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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[わたしは鳩羽くんの机の上に、 鳩羽くんが綺麗だって言った指を広げる。]
綺麗でしょ。 ずっとずっと大事にしてきたからね。
[右手の指3本にチョークの粉がまぶされた以外に 傷も汚れもなくて、爪の短いわたしの手。 鳩羽くんの手はどこにあったかな。 もし近くにあるのなら、横に並べて見せようか。]
わたしのたからもの。
[鳩羽くんの笑みは弱々しくて、声は掠れていて。 続く言葉>>411にわたしはへらへら笑う。]
(529) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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[元気がないことを誤魔化すみたいに続いた言葉>>411に、 わたしは不思議そうに瞬きをする。]
なんだ、そんな風に思ってたんだ。
[やっと解けた勘違い、鳩羽くんが引きずっていたもの。 わたしはそれを何てことないみたいに返す。]
お母さんのことは、いいの。大丈夫。 死んじゃったけど。死んじゃったから。
[わたしは首を横に振ってから口を開いた。]
(532) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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思い出さなくても、忘れたことないしね。
(533) 2021/06/09(Wed) 21時頃
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いつも笑ってる鳩羽くんにも、 そういうことあるんだって思ったんだよ。
当たり前だよね。誰もが何かを抱えてる。
[雨みたいに弱音を降らせる子>>0:718がいる。 髪の向こうに眸を隠して、永遠に留まりたい気持ちを 否定できない人>>1:493がいた。 足元が崩れた途端走り出した子>>1:29もいたし、 月曜の音楽室、膝に顔を埋めた人>>90もいたね。 たったひとり、 自分にしか見えない存在を隠してきた友達>>261もいる。
もし、今が楽しいだけの思い出>>458の中だとして ここにはわたしたちしかいないんだけど、 それでいいのかな。]
(534) 2021/06/09(Wed) 21時半頃
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[ひとつ、気づいたら、 たくさんの重しがわたしの周りにあるような気がして。
ふと、柊くん>>84との話を思い出した。]
みんな、寂しいのかな。 ……鳩羽くんは、寂しい?
[鳩羽くんとの話し方、忘れちゃったと思ったのに、 わたしはするすると言葉を紡ぐ。 腰が抜けた拍子に、死人の皮が取れちゃったのかな。
選べねー運命っていうのは、 どのくらい鳩羽くんを苛んでいるんだろう。 朝なら聞けなかったことをわたしは口にして、 鳩羽くんを見上げた。]
(535) 2021/06/09(Wed) 21時半頃
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[眠るように棺に収まったお母さんと 首の裂けた九重さんの人形。 わたしは濃密な死に怯えはしたけれど、 その二つを悲しみで秤に乗せることはなかった。
だから今度はわたしが、深呼吸もせずに 鳩羽くんへちゃんと笑って見せよう。]
(536) 2021/06/09(Wed) 21時半頃
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[だって、わたしが左右に吊り下げたのは、 『死んだお母さん』と『生きているお父さん』だけだから。]*
(537) 2021/06/09(Wed) 21時半頃
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夜笑国 メイは、メモを貼った。
2021/06/09(Wed) 21時半頃
夜笑国 メイは、メモを貼った。
2021/06/09(Wed) 21時半頃
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[わたし、首が裂けた九重さんを見た時、 怖いと思った。生々しい死に怯えた>>48。 人形だって気づかなかったから尚更。
……でもね、わたし。 ひとみちゃんが教えてくれて、鳩羽くんの声が届くまで、 一度だって、九重さんが死んだことに悲しんでない。
そのことに、気づいちゃったの。]
(588) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[わたしの心は、夢と一緒に埋まっている。]
(589) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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— 夢が終わった日 —
[お母さんのお葬式には、 会ったこともないような人がたくさん来た。
お母さんの親戚に、お母さんの教え子。 お父さんの両親も来てくれた。
お父さんとお母さんの家はどちらも裕福で、 喪服の良し悪しなんて分からないけど、 制服を着たわたしにはみんなすごい人に見えた。]
(590) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[最初にわたしを抱きしめてくれた>>1:526のは、 お母さんの妹だった。 喪服からは防虫剤と それを打ち消す上品な香水の匂いがした。
おばさんが「芽衣ちゃん」って呼ぶ。 わたしは「はい」って返事をした。
——大変だってね。って、どういうことだろう?
次にわたしの前に現れたのは恰幅のいい男の人だった。 お母さんのいとこなんだって。 小さい頃わたしと遊んでくれたこともあるらしい。 皺混じりの大きな手が、わたしの頭を撫でる。
——もう無理しなくていいんだよ。って、何?]
(591) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[それからも大人が次々とわたしのところへやって来て、 わたしを気にかけてくれた。
確かにお母さんが突然死んじゃって、わたしは悲しいよ。 これからどうしようって不安もある。 でもまだ実感だって湧いてないし、 そうじゃなくても泣き喚くような子どもじゃない。
それなのに、みんなの優しさはわたしの頭上を飛び越え、 わたしの知らない方を向く。]
(592) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[——わたし、 お母さんの夢を押しつけられた子なんだって。]
(593) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[みんな、お母さんのことが嫌いなのかなって思ったけど、 親戚も教え子さんたちもお母さんのことを貶したりは 絶対しなかった。
「ちょっとやりすぎちゃっただけなんだ。 だから許してあげてね」
お母さんは悪気があった訳じゃないんだよって、 わたしに言うの。 お母さんのこと悪者にするのに、庇うの。
……あぁ、わたしがお母さんを悪者にしたんだ。 そう気づくのに、時間はかからなかった。]
(594) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[確かに、最初はお母さんに言われて始めた習い事だった。
確かに練習はきつかった。 友達と遊びたいって思ったことも本当。
楽譜より絵本が読みたいって駄々を捏ねたこともあるし、 自転車で遠くに行ってみたいって思ったこともある。 優しいお母さんの鬼のような顔が怖くて泣いたり、 放課後に友達と遊びたいって言った時は、 ピアノのある部屋に閉じ込められたんだったね。
でも、ね。 わたしにはお父さんとお母さんの血が流れているけど、 お母さんの血は煮詰めたワインみたいに濃いみたい。]
(595) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[わたしは、世界中の何よりもわたしの音楽を愛してる。]
(596) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[ピアノが弾けなくなるくらいなら、
絵本なんていらないし、 自転車を没収されても平気だよ。 練習で叱られて何度泣いても頑張れるし、 閉じ込められた部屋でもずっとピアノを弾いていた。
どんなに苦しくても、辛くても、嫌なことがあっても、 たとえ家で泣いてばかりだったとしても、 友達だと思える人が誰もいなくても、 誰になんと言われても、どんな風に見られても、 ラクなんていらない。わたしはそれで良かった。]
(597) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[でも。それが、ダメだったんだよね。]
(598) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[死んだお母さんは可哀想な悪者になって、 生き残ったわたしはピアノから離れた日々を許された。
抱きしめる腕を押しのけ、ピアノを弾きたいと言っても、 「もういいんだよ」って言われる。
撫でる手を払い、わたしが望んでいるんだよと言っても、 「お母さんはもういないから大丈夫]って言われる。
あんな風に苦しまなくていいんだよ、だって。 もう何も犠牲にしなくていいんだよ、だって。
わたし、誰を恨めば良かったのかな。 お節介な参列者? 何も言わないお父さん? この物語の悪者は誰なんだろう。]
(599) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[その答えはすぐに見つかった。 お葬式の夜のことだ。 わたしは怒りが収まらなくて眠れなくて、 お水でもがぶ飲みしてやろうって、リビングに降りた。
お父さんが、泣いてた。 お母さんの写真を見て、名前を呼んで。
——すまない、って。 守ってあげられなくてすまない、って。]
(600) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[お母さん、ずっとみんなから言われてたんだって。 「芽衣ちゃんを解放してあげて」って。 でもその度に「芽衣の夢でもあるから」って突っぱねた。 外側に不器用なとこ、お母さんに似たんだね。
お母さんは知っていた。お父さんも分かってた。 お父さんはわたしの頭を撫でて、 わたしの好きなことをしていいんだって言ってくれた。
お葬式と同じ、悲しそうな顔をしていた。 お母さんのこと悪く言われるのが嫌なんだなって、 わたしはすぐに分かった。わたしもそうだったから。]
(601) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[わたしの夢は2人に守られていた。
わたしがもっと楽しそうにしていたら、 わたしがもっと他のことにも目を向けていたら、 わたしの愛、ちゃんと信じてもらえたかな?
お父さんもお母さんも、責められずに済んだかな。
だって、どこにも悪意がない。 悪意がないのに大切な人が泣くのなら、 悪者はわたしでいい。
わたしだけで、いい。]
(602) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[ごめんね、お母さん。 夢、叶えられなくなっちゃった。お母さんは怒るかな。
でも、わたしは お母さんとわたしを愛してくれるお父さんを守るよ。
ちょっとの間だけお母さん悪者になっちゃうけど、 時が経てば、みんな忘れてゆっくり休めるから。 お父さんが悲しい顔しなくて済むから。
おかあさん おとうさん わたしは死んだ人間より生きてる人を選んだ。]
(603) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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[母親に夢を無理やり継がされかけた芽衣ちゃんは、 父親を始めとした大人たちのおかげで 自由を取り戻すことができました。
めでたしめでたし。]*
(604) 2021/06/09(Wed) 23時頃
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