10 冷たい校舎村9
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[ 芽衣がピアノの話をする時、 それって過去形だったと思う。 今でも芽衣は自分の手を大事にしてて、 それでも芽衣の語るピアノの話は過去だった。 だから私、聴いてみたいなって、言えなかった。
それなのに、芽衣の選んだ曲は明らかに難易度が高い。 私は音楽に詳しくない。それでも、 この曲がとても難しいことと、>>176 芽衣の指がそれについていけていないことには気づいた。 叩きつけられるような激しい音は、 そのまま芽衣の思いがこもっていた。
演奏を終えて、顔を上げた芽衣と目が合う。 その目から――――涙がこぼれた ]
(206) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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なんで……なんで謝るの、芽衣。
[ 私は首を横に振る。 芽衣のピアノを聴いてみたい。それは最後の心残りで、 それを叶えてもらったっていうのに。 これで私、もう思い残すことなんて、ないはずなのに。
困ったな、って思う。だってわかっちゃうんだもの。 これは、芽衣にとって不本意な演奏で、 芽衣は、それが悔しいんだって。
心残りなんて、もう何もないはずなのに。 困る。とても困る。 芽衣の納得のいく演奏、聴きたくなっちゃうじゃない。 心残り、増えちゃうじゃない。 芽衣は魔法を見栄を張ったって思うかもしれないけど、 これは立派な魔法だよ。 でも……でも! ]
(207) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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……私、ずっと死ぬつもりなんかなかったけど、 でも、死ねたら楽だろうなとは、ずっと思ってたんだよ。
[ 私、死ぬつもりなんてなかった。 それは、私には死ぬ勇気も覚悟もないと思ってたから。 生きたかったから、じゃない ]
死ねるのに。楽になれるのに。 このまま楽になっちゃ駄目?駄目なのかな? 私、もう頑張りたくない。 そんなわがままは言っちゃ駄目なの?
[ 手遅れなんて言わせないって炭蔵君が言う。 でも、わがまま言っていいなら、>>194 このまま死なせてって私はわがままを言いたい ]
(208) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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綿見さんと、父は、違うよ。 綿見さんは、私を見てくれた。 それが嫌いって感情でもね。 だから私は綿見さんと仲良くなりたいって思ったの。 父は違う。あの人にとって私はお人形。 マネキンと話をしようなんて思わないでしょ。 母は、父には逆らえないよ。 姉が縁を切られた時だって、母は何も言えなかった。 ……お姉ちゃんは、妊娠してたのに。
[ 綿見さんと話せたって芽衣は励ましてくれるけど>>182 私は、綿見さんとは、なんとかなりたかったんだよ。 気づかないふりをしてた時だって、 これ以上嫌われたくなかったから、 そうしてたつもりだったの。 私は父と対話する勇気なんかないし、 そうしたいとも思えない ]
(209) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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[ そう、私、ちゃんと綿見さんと話せたんだよ。 ちょっとだけ仲良くなれたの。 この結果はどうかな? 炭蔵君を失望させずに済んだかな?>>0:181 でも私、それでも父と話す気にはなれないの。 あの人は、人の話を聞かないから ]
(210) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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[ 生きてって、>>183 思い出にしたくないって>>195 芽衣も、炭蔵君も言ってくれるけど ]
自殺して、死に損なったら悲惨って、 綿見さんだって言ってたよ。 私、身体中を滅茶苦茶に刺したの。 どうなってるのか、私にもわからない。
[ 特に左手首は何度も切った。 うっかり助かったとして……まともに動くかな? もう、無理なんじゃないかな ]
(211) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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ねえ、それでも生きなきゃ駄目? 楽になっちゃいけない? [ 炭蔵君が頭を撫でてくれる。>>196 どうしたい?って芽衣が聞いてくれる。 一蓮托生の友達だって言ってくれる ] 現実は……怖いよ。
[ 楽しいことばかりじゃないその場所が、>>180 私は怖い。 終わる方がずっと楽。 楽に流されることは簡単で、 苦しい望みを認めることが、まだ私には難しい* ]
(212) 2021/06/15(Tue) 20時頃
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[ 私が父に捨てられたもの。 捨てさせられそうになったもの。 ひとつひとつ拾い上げるみたいに、芽衣が頷いてくれる。 楽しかった。>>219 いらなくなんかなかった。 必要なくなんか、なかった。
そう、私は守りたかったの。奪われたくなかった。 自分の命を捨ててでも、守りたかった。 わかってくれて嬉しい。 芽衣はわかってくれる。友達は、わかってくれる。 私の大事なもの。必要なもの。 私に必要ないのは、むしろ ]
(229) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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[ 芽衣は、私に心残りをあげたかったって言う。>>220 全然ダメって言う。>>221 そんなことない。全然ないよ。 むしろ私、芽衣の納得のいく演奏を聴いてたら、 心残り、なくなっちゃってた。 でも、芽衣は自分の演奏に納得がいってなくて、 聴いてもらいたかったって、言うから。 ……そっちの方が心残りになっちゃう。 でも、そんな迂闊な、2人を期待させるようなこと、 言えなくて。 私はそんなことないよ、って 首を横に振ることしかできなくて ]
(230) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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[ そして、私の投げつけた質問に、>>212 真逆の答えが返ってくる ]
(231) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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[ 炭蔵君の返事に、私は笑った。>>216 きっと涙目で、目じりは赤いけど、笑っちゃう。 ああそうだったなって思う。 自分ならこうする、ってはっきり言うけど、 私の選択を否定しない。 炭蔵君は、公平な人だった。>>0:650 そうだった。私、そのことを知ってた。 こんな時でも炭蔵君は変わらない。
変わらないなって思ったのに、 炭蔵君の話はそこで終わらなかった。>>217 命令じゃなくて、わがままで、お願い。 父に命令されるばかりだった私に、 炭蔵君は命令しない ]
……炭蔵君がわがままを言うなんて、意外。
(232) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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[ 芽衣の答えに、私は笑った。>>224 これ以上なくシンプルに言い切られちゃった。 シンプルだったけど、芽衣がその二文字を口にするのに、 決意が必要だったこと、知ってるよ。 だって、友達だもの。わかるよ。 今までずっと私を否定せずに受け止めてくれた芽衣が、 私に突き付けた初めてのNOだもの。
まだちょっと歩み寄れただけの綿見さん。>>225 59点のクレープ。 辛いだけじゃないかもしれないこれからの未来。>>227 芽衣は一生懸命、私に心残りを積み上げようとする。 私の中に、もうそれしかない?>>228 ]
(233) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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……わたし。 私、は、
[ 父に何か諦めさせられるたび、 私の中が空っぽになっていく気がした。 私の中に、まだ何か残ってる? ]
私、は、自由になりたい。 もう、父に雁字搦めにされるのは嫌。 見限られるかもしれないって怯えるのも嫌。 私は、……捨てられる前に、捨てたい。
[ 私が本当に捨てたかったのは、自分の命じゃない。 父による支配だった。 恩知らずと言われようと、私は、あの人と、 もう家族でいたくない ]
(234) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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芽衣のピアノが聞きたい。 みんなと一緒にいたい。 みんなともっと仲良くなりたい。 みんなと、これからも、思い出が作りたい。
[ 私、もう空っぽだと思ったのに。 ひとつわがままが出てきたら、もう止まらなかった。 ぼろぼろ、涙と一緒にわがままが止まらない ]
みんなの未来の中に、私もいたい……。
(235) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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[ 差し出された手は二本で、>>228 私の手も二本しかない。 左手を差し出すのは、特に勇気がいった。 そして右手にはクレープが握られたまま。 ここで格好よく両手を差し出せたらよかったんだけど、 やっぱり私、格好つけられないみたい。 だから私、ちょっと待ってね、って二人を待たせて、 べそべそ泣きながら涙トッピングのクレープを食べた ]
……私のわがまま、全部叶えてくれるって、約束して。 そしたら、帰る。
[ 少しくらいって炭蔵君は言ったけど、>>194 なにしろ私、生死の境をさまよってるんだよ? 少しくらいなんかじゃ気が済まない。 うんとわがままを言うけど、それでも叶えてくれる? 約束してくれるなら、私、2人の手を取ってあげる* ]
(236) 2021/06/15(Tue) 22時頃
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[ 私のわがままを全部叶えて。>>236 傲慢な私の要求に、 芽衣は上手じゃないけど、って言う。>>240 芽衣は、自分の手を大事にしてた。 芽衣は、ピアノを弾いた後、悔しくて泣いてた。 芽衣は、自分のピアノにきっとプライドを持ってる ]
私は、芽衣のピアノだから、聴きたいの。
[ 上手なピアノが聞きたいんじゃないの。 悔しくて泣いた芽衣の、納得のいくピアノが聞きたいの。 大丈夫、芽衣が自分の演奏に満足できる日が来ても、 もう私、心残りがなくなったって言ったりしないから ]
(246) 2021/06/15(Tue) 23時頃
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いつか、遠い未来でもいいよ。 少なくともそれまでは、 ずっと一緒にいてくれるってことでしょ?
[ 芽衣が、自分で納得のいく、聴かせたいって思える ピアノが弾けるようになるいつか。>>241 ずっと、とかいつまでも、なんて言うのは 私にはまだ難しくて「それまでは」なんて言っちゃう。 言い慣れない私のわがままは、 まだまだ付け焼刃なのかもしれない ]
(247) 2021/06/15(Tue) 23時頃
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[ 意外だと思った炭蔵君のわがままは、>>243 珍しいどころか人生初なんだって ]
初めてをこんなところで使っちゃっていいの? そんな貴重なの、 叶えてあげないとばちが当たっちゃうね。
[ 炭蔵君の初めて、私がもらっちゃうね。 誤解を招く表現?知りません ]
(248) 2021/06/15(Tue) 23時頃
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[ 絶対叶えるって言った後、>>245 善処するって言い直す炭蔵君は、 とっても正直者だと思う。 その正直さに免じて、死ぬのは諦めてあげる ]
(249) 2021/06/15(Tue) 23時頃
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[ 私は差し出されたふたつの手を取って、ぎゅっと握る* ]
(250) 2021/06/15(Tue) 23時頃
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[ 「それまでは」って言った私に、>>247 「それまでしか」って芽衣は返した。>>251 私にはまだ難しいことを、 芽衣は軽々と飛び越えてしまう。 だから私はうんって頷いた ]
うん。「それまでは」は、取り消し。
[ 私にはもうないって思った未来が、 遠く広がっていく気がした。 やっぱり、まだ怖い。 足が竦みそうになるような、そんな気持ちもある。 でも、私の両手を握るふたつの手が温かいから、 私、歩けるよ。 名前を呼ぶ芽衣の声に促されて、>>252 私、もう一度頷いた ]
(257) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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帰ろ。昇降口から、出られるから。
[ もう、この校舎は誰も閉じ込めない。 だから私たちは手を繋いだまま、 昇降口からきっと帰れる。
先に帰ったみんなは、あんな目に遭ったのにね。 この仕様、本当に酷いよね。 でも、みんなは無事に帰れたけど、 私は帰ったら瀕死だから、 それに免じて許してくれないかな。 ここ笑うところなんだけど、やっぱり笑えない? 帰ったら私、冗談のセンスも磨くね ]
(258) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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[ 帰る前に言っておきたいわがままは?>>255 炭蔵君に促されて、 私、きょとんと目を見開いた。 そうだ、私、わがまま言い放題の権利を手に入れたのに、 やっぱり言い慣れてない。 そうだなあ、って考えて、決めた ]
お見舞いに来てもらえるようになったら、 私が退屈しないように、会いに来てね。 それで……、
[ 私の目線、ちょっと上を向いた。 正確には、炭蔵君の前髪を留めてるヘアピンを見た ]
(259) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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それまでに、前髪切ってきて。 現実でも炭蔵君の顔、ちゃんと見たいから。
[ さて、私のこのわがままは、 炭蔵君の難易度的にはどれくらいなのかな? お見舞いに来てくれるまでに、 わがまま他に一杯用意しておくね ]
(260) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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[ 音楽室は3階の一番奥。昇降口からだいぶ遠い。 廊下を歩いて、階段を下りて、 私たちは明日を目指す。
廊下には、文化祭の写真。 横切る教室は、お化け屋敷に喫茶店、 楽しかったあの日の思い出がここにある。 そして、ここに来て増えた思い出も ]
(261) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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[ 自己責任の一蓮托生59点クレープは、>>4:504 まだ食堂の冷蔵庫に残ってる。 責任を持って食べようねって言ったけど、>>4:523 食べる時間はどうやらなさそう。 私と芽衣のワルイコトは、 文化祭の思い出と一緒にここにいつまでも残る。 思い出がひとつ増えたということにして、 許してもらおう ]
(262) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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[ 昇降口の扉は、嘘みたいに簡単に開く。 そこから外へ足を踏み出すのは、 やっぱり少し足が震えるけど。 私、笑って2人に言うよ ]
(263) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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来てくれてありがとう。 また、明日ね。*
(264) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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炭蔵君は不器用な人だと思ってたけど、 私、少し認識を改めた。 私、炭蔵君は天然だと思う。天然な上に人たらしでしょ。 綿見さん、本当の天然は私じゃなくてここにいるよ! 怖くなくなるまで手を離さないって、>>217 そんな安請け合いしていいのかな。 私、一生怖いままかもしれないのに。 委員長ってそこまで責任取らなきゃいけないものなの? 絶対違うと思うんだけど。 でも、炭蔵君のわがまま、嬉しかった。 炭蔵君の言う通り、この校舎は私のSOSだったよ。 助けに来てくれてありがとう。
(*2) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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ずっと何も言えずに、何も聞かずにいた私たち。 それでもその関係は心地よくて、私たちは友達だった。 でも、この校舎で、 私はずいぶん芽衣にいろんなこと喋っちゃったから、 今度は芽衣の番だと思う。 芽衣が私を助けてくれたみたいに、 私にも芽衣が助けられるかな? 芽衣のピアノも聴きたいけど、芽衣の話も私は聞きたい。 これからも、私と芽衣は友達だから。 59点じゃないクレープも作ろう。 でも私、59点のクレープも悪くなかったよ。 芽衣とワルイコトするの、楽しかったもの。
(*3) 2021/06/15(Tue) 23時半頃
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