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— 病院・集中治療室前 —
[どうやら手術による傷の修復は済んでいて、
後は意識が回復するかどうかの瀬戸際であり、
集中治療室で可能な限りの処置を行なっているところらしい。
聞いた話では、自殺に使用したものはカッターナイフ。
それは知らなかったはずなのに、知っていた気がした。
だって、あの校舎の床に散らばっていたものが印象に残らないはずがない。
校舎の中での乃絵ちゃんにおかしなところはなかった。
利美ちゃんともそれは見解が一致していた。
……いや、思い当たるなら、むしろそれ以前から。]
[夏でも長袖を着ている乃絵ちゃんを、
長袖族だーと呼んで笑ったことがあるけれど、
衣服の自由なんて当たり前だし、気にしないようにはしていた。
夏でも肌を出したくない子なんてよくいる。
だけど今にして思えば、そうだ。
カッターナイフといえば、手首を切るあの行為。
ずっとその傷を隠していたのなら……?
想像するだけで血の気が引く。
私にはそんな覚悟が無かったし、やろうとしたらぼたんが止めていただろうから。]
[利美ちゃんとの話が終わって、
落ち着かない気持ちを抱えたまま周囲を見たら、
見知らぬ大人の女性がそこにいた。
もしかして、と思ったので、
私は先に自己紹介をする。]
3年9組の番代ひとみです。
乃絵ちゃんのクラスメート、です。
あなたはもしかして……。
[黒沢乃絵の母親、とその人は教えてくれた。]
[乃絵ちゃん、家族が心配してるじゃない。
早く帰って来なきゃだめだよ。
……家族からの愛を知っている私は、
最初、能天気にそんなことを思った。
でも、よく考えたら、
乃絵ちゃんの父親らしき人は、見当たらない。]
[それ以上、余計なことを聞くのは憚られた。
黙りこくって、静かに佇んで待ち続ける。
利美ちゃんはあの校舎にいた他の皆にも連絡してくれていたらしいので、
きっと皆も帰って来て、集まってくれると信じている。
でも乃絵ちゃんが帰れるのかどうか、
それだけは、私にもまだ分からない。**]
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「なんで俺の世界じゃないと思うの?」
[ 聞けなかったから、慎一は自分で考えた。
正解なんて結局わからないままだけどね。
単純に先に有力候補がいたせいだとか、
まっさらな手首のせいだなんて知らず。
あの校舎に迷い込んだ最初の日。
保健室に向かう道中話してて思ったんだ。
もう疲れちゃったなあ。
世界の主にその自覚がないのなら、
慎一の可能性だってあるかもしれない。]
[ きっかけなんて日常にいくらでもある。
朝、卵を切らしてたかもしれない。
うっかり右足から靴を履いたかもしれない。
購買のパンが売り切れてたかもしれない。
筆箱に混ぜ込んだままの10円玉と、
ふとした瞬間、目が合っちゃったかもしれない。
そんな些細なことが今も慎一の首を絞める。
気づいたらぽたぽたと水をこぼしていたりする。
何がそんなにつらいか自分でもわからないのに。
なんで? って繰り返してきた自問自答に、
仕方ない。慎一はそういうふうにできてる。
治らない。それが慎一の生まれ持った形だ。
何かの拍子にそう答えを出しちゃったなら、
その瞬間から慎一は死にたかったんだろう。]
[ でも、違うよって言われたから、
今度は死なない理由を探してた。
死にたくなっちゃった慎一が、
それでも死ななかった理由を。
先を越されちゃった、とかはナシにして、
それでも踏みとどまる理由を見出すなら、
たぶんそれって、さみしいからだ。
死んじゃったらその先ずっとひとりでしょ?
それはさみしいなあって踏みとどまった。
……いや、幽霊も天国も地獄も、
慎一は信じちゃいないんだけどさ。
漠然とした死後のイメージで語ってる。]
[ エラ呼吸が下手なくせ、水の中は好きだったな。]
[ …………。]
── 現在・家 ──
[ バタバタと騒がしい物音で目覚めた。
自宅の自室。自室というか、共同部屋。
部屋の数が足りないから、
慎一は弟たちと大部屋に押し込まれてる。
妹はひとり部屋でいいなあって思うけど、
「女の子だから」って一蹴されたのだ。
やむなし、男子高校生3人で、
ハンガーラックや本棚を駆使して壁を作り、
年から年中陣取り合戦をしている。
それが、慎一の育った家の話。]
[ 慎一はふつうにベッドに寝ていた。
体を丸く縮こまらせて眠るのは癖。
ゆっくりと手足を伸ばして起きる。
物音は部屋の外からしてるみたい。
寝起きの足元はちょっと覚束ない。
閉じていたドアをふつうに開いた。
電気の消えてた部屋から顔を出し、
慎一は目の前に広がる光景に言う。]
ヨースケ、なっちゃん、
うるさい…………。
[ 互いの髪や服をひっつかんで、
取っ組み合ってたふたりがこっちを見る。
きょうだい4人の中で喧嘩が起きるのも、
喧嘩に混ざってないときの慎一が、
その声や物音に苦言を呈するのも、
この家族には珍しいことじゃないから、
何も驚くような顔することはないんだけど。]
[ いつもはこれでもかと言い返してくるのに、
ふたりはしげしげと慎一を見つめてから、
代表して弟のほうがこちらを指さしてきた。
「血ぃ出てるよ、そこ」……はて。
どこだろうかと指先を自分の肌に這わせれば、
首の正面あたりに違和感と、触れたときの痛み。
あわせて、理由なんてわからないし、
今の今まで気がつかなかったけれど、
ぽたぽたと涙がこぼれっぱなしだった。
弟も、妹も、それ以上なんにも言わない。
慎一がベッドでめそめそ泣いているなんて、
別に、珍しくもなんともないもんな。
慎一が黙って袖口で目元を拭っただけ。]
[ どうやらめそめそしてるうちに、
そのまんま寝落ちていたらしい。
それで……なんだっけ。
さらにごしごしと目元を拭いながら、
慎一は止まらない涙に途方に暮れる。
……ああ、そう。夢を見てた。
夢……? それで慎一は思い出す。
そりゃあ、涙も止まらないわけだった。*]
[ スマホを見て、九重からのメールを読んで、
慎一は今、自転車で病院に向かっている。]
[ スマホに目を通し切った時点で、
わたわたと目に見えた慌てて、
着の身着のままで飛び出そうとした慎一に、
弟は「兄ちゃん、とりあえず顔洗え」って、
ぐいぐい洗面所のほうに背中を押して、
妹はでかい声で「おかあさーん」って言った。
なんか大変っぽい。
いや、お兄ちゃんじゃなくて。
お兄ちゃんはいつものやつ。]
[ ……うん。いつものやつなので、
事情を知った両親からは、
割とスムーズに病院に行く許可が下りた。
なんかあったら連絡しなさい。
あと、自転車のライトはちゃんとつけること。
二点、玄関先で念押しした母の後ろから、
心配性の父がウィンドブレーカーを差し出した。
ほら、暗闇でちょっと光るタイプのアレ。
…………ダサ。
つぶやいたのは慎一じゃなくて弟の片割れ。
それどころじゃない慎一は、
素直にコートの上からそれを羽織って家を出る。]
[ 夜道。ペダルを踏みこみながら、
慎一はあの握りしめられた左の袖口を思う。
「慣れちゃった」って言ったあの口ぶり。
床に散らばったカッターナイフ。その替え刃。
「痛くない?」って聞いたとき。
「試してみる?」なんて保健室で言ったとき。
いくらでも点と点をつなぐ瞬間はあったのに、
たぶん、慎一は見ないフリをしていた。
自分のことで手一杯だから。
人のものまで抱え込んじゃったら、
きっと、もっと息がしづらくなるから。
……「むなしい」ってこういうことかなあ。
それとも、これは「くやしい」なのかなあ。]
[ 慎一の言葉でいうなら、悲しかった。*]
── 現在・病院 ──
[ どうにかその場所を教えてもらって、
慎一は治療室のベンチの前までやってくる。
黒沢の家族と思しき女の人に、
ひょこりと会釈だけをして、
まっすぐ九重と番代のほうに向かった。
……挨拶するべきかもしれないけれど、
生来引っ込み思案なほうなのだ。
何と声をかければいいかもわからないし。
だからその人に背を向けるように立って、
病院でも怒られないくらいの声量で声をかける。]
……九重、メールありがと。
番代も来てたんだ。それで……えーと、
[ ちらっと集中治療室のほうを見る。
人が出てくるような気配はない。
重たい空気感にほうっと息を吐いて、
それで、ほんのつぶやきのように言う。]
……黒沢だったんだな。
[ メールの送り主の話。
あの校舎で見たのとおなじものが、
現実世界にもあったこと。
答え合わせみたいだなあ。とは、
さすがに口には出せなかったけれど。*]
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[重い空気で満たされ、張り詰めた病院の廊下は、
誰かが来ればその気配がすぐに分かる。
帰れたんだね、と思いながら向井くんに手を振った。]
おかえり。
いろいろあったけど、帰れたね。
[いろいろ、に含まれるニュアンスには、
探していた出口は結局見つからなかったとか、
出る時に痛みと苦しみを伴ったこととか、
そのへんのことを思い起こしたものが混ざっているけど。
私はようやく外の空気が吸えて、背筋を冷や汗が伝うこともなく、
やっぱりこっちのほうがいいや、と思えているところです。]
乃絵ちゃんだった。
私、全然わかんなかった。
[
彼も知らなかったらしい反応だったから。]
あの校舎を作り上げた人物の気持ちを200文字以内で答えなさい、って。
入試問題だったら、落ちてたかなぁ私。
[現代文は苦手じゃなかったはずなのにね。
答え合わせだったとしても、合わせるべき正答も知らない。
何かできることはあったのかって、ただただ後悔だけが降り積もっているし、
それでも尚、知ったところで人の重荷を背負えたつもりはない。
ただ身勝手に、夜のお菓子パーティの続きでもしたいねって思ってる。**]
── 現在・病院 ──
……ただいま。
いろいろ……うん、いろいろ。
外の空気、やっと吸えたな。
[ 最後の一文に関しては「よかったね」って、
そういうニュアンスだったんだけれど、
隣の九重にはなんのこっちゃわからないだろう。
まあいい。九重もそんなことは言わない。
そこまで口数の多いタイプではないし、
口を開けばよくわからないオカルト話の、
ちょっと不思議な女子……と思ってたけど、
精神世界について教えてくれたのも、
さっきのメールも、意外と面倒見いいんだなって、
慎一は静かに印象をアップデートしたところ。]
……九重も、番代も、
すごいことなってたから、焦った。
[ いろいろの断片を持ち出しながら、
慎一はあの校舎でのことを振り返る。
どちらも先に見つけた誰かが、
親切に張り紙をしてくれていたから、
「焦った」くらいで済んだ。感謝してる。
それで……世界の持ち主についての件、
「わかんなかった」って番代は言う。
……うん。
でも、誰かに、
気づいてほしかったのかなって。
あの、いろいろさ。
[ 校舎に散らばったカッターナイフ。
誰かにとってはため息さえも、
手がかりになっていたとは知らないけど。
さすがに、後になって結び付けた点と点を、
勝手に人前で繋げてみせることはしないが、
でも、そういうことだったのかもしれない。
あの校舎が純粋に文化祭じゃなかった意味。]
で、問2。
それが誰かを答えなさい。って?
そんな問題が出たら、俺、
白紙で出して落ちたんだろうなあ。
……誰か合格してくれればいいんだけど。
[ 番代から出てきたたとえ話。
慎一は現代文も苦手だし、
200文字書いてる間に気が滅入る。
冗談めいた形で語ってみたって、
目の前の現実は何ひとつ変わらない。]
[ 夜のお菓子パーティー。女の子の秘密。
あの状況下で開かれていたと知ったら、
女子って強いなあって思っただろうが、
男の子の慎一がそれを知ることはない。
とにかく、慎一はもう現実にいて、
いつもどおりではない悲しい出来事が、
動くこともなく目の前に横たわっている。
だから、ベンチには腰掛けないままも、
その隣に立ってぼんやりと、
上着のファスナーを指先でなぞってた。*]
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[
あはは、と苦々しく笑って見せようとしたけど、
上手くできたかはわからない。
利美ちゃんがすごいことになっていたのは直視したから、
残された私のマネキンも、言葉の通りすごいことになってたのだろう。]
そうだね。
ヒントは出してくれていたから、
私たち、答えなきゃいけなかったのかなって。
答えられなかったから落第して、
現実に帰された、とか。
[あのカッターナイフの大盛りだったり、
遺書のメールだったり、それらはヒントと言えばヒントだった。
そこから答えに辿り着こうとする心の余裕すら無かったから、
おそらくそれがダメだったのかもしれない。
答案用紙を白紙で戻した罰として、
私たちは校舎の出来事のその先を見ることを叶わず、
追い出されてしまったのかもしれない、なんて想像をする。]
そうだなあ。
炭蔵くんなら合格してくれるかな。
[誰か合格してくれる人がいるとしたら、
乃絵ちゃんを除けば炭蔵くんがそのイメージに相応しいだろうか。
私は委員長の内面に触れるような話をすることは無かったので、
彼の印象は今でも変わらず、クラスの支持を一身に受ける無敵の委員長だ。
……それと、これは言わないけど、
私があの世界でお守りのボタンを託した芽衣ちゃんも。
彼女は、私がずっと抱えていた話を聞いてくれた時のように、
もしかしたら、と心の隅で願っている。]
[夜のお菓子パーティーは女の子たちだけの秘密です。
男子には教えてあげません。
それに、もし乃絵ちゃんが戻ってこなかったら、
楽しい話では無くなってしまうのだし。]
あ、それズルい。
私も欲しい。
[
あの校舎の中でも、昇降口が開かなかったあの時、
彼はクレセント錠をいじっていたっけ。
今は外の空気を吸えて肩の力が落ちていたせいか、咄嗟に口に出した。
私のコートに付いているのはファスナーではなく、
黒くて平べったいボタンだったので、しっくり来ないけど、それを指先で掴んでみた。*]
── 現在・病院 ──
……あ、でも、
本当にすごいことになってそうなとこは、
俺、見てねえから! 布団被ってたし!
[ 少なくともあっけらかんとした感じじゃなかった。
そのときの番代の笑い方の話。
それをどう取ればいいのか。
慎一がとっさにしたのはそんな弁明。
ほら、おなかの部分とかね。
被せられていたのが布団というのもあって、
慎一がめくるのってどうなんだろって思ってさ。]
[ 不要かもしれない弁解をしながら、
あのときのことを思い出して、ひとつ気づく。]
……そういえば、あれ。
黒沢の字だったなあ、張り紙してあったの。
キツかったはずなのにな。
こんなことになっちゃうくらい。
限界だったとか書いてたくせに。
[ そんなときに気を回さなくてもいいのに。
残されてた張り紙を思い出して、
「えらいなあ」より先にそう思ってた。]
[ 落第生ばかり肩を並べて、
おしゃべりしながら試験官の帰りを待つ。
……うん、ヒントか。
答えがわからなかった、というより、
見ないフリしてた気がする、俺。
[ ぽつぽつとそんな言葉をこぼす。
落第生同士なんだから、
少しだけ反省点を述べさせてほしい。
慎一や番代に答えられなかった答え。
それに誰かがたどり着いてくれることを祈って。]
ユーガか。確かに。
[ 誰か、と言ったって、
あの場所には顔も名前も知っている、
クラスの友人らしかいないのだから、
名前を挙げてみることだってできる。
真っ先に、当たり前に炭蔵の名前が出て、
なぜか慎一は少しばかりうれしい。
やっぱり隠し事が上手だなあ。
くやしさは特にない。でも、どうだろう。
ふと、慎一は一歩二歩とベンチから離れて、
番代のほうを見ながら大きく手を広げてみる。]
……案外近いなあ。
[ その手の届く範囲の話。
両腕を広げた長さは身長と近いと聞いたから、
たぶん、これより5cmくらい狭い範囲。
黒沢がその中にいてくれればいいけど、
でも、もしも今、あのなめらかな両腕が、
炭蔵自身をぎゅっとするので忙しくても、
慎一は失望なんかしないんだけど……、
はて、あのかんぺき人間はわかってるかな。
それとも、そんなことになったら、
自分で自分を許せなくなっちゃうんだろうか。]
[ 何事もなかったかのように元の位置に戻り、
慎一はほかの名前を挙げてみたりもする。]
レンがさ、すげえ考えてた。
何をしてほしいんだろう、
なんなら教えてほしい、って。
……今思うと、アイツ、
自分が張本人の気、全然なかったな。
[ 伝えれば、きっと助けになってくれる。
寄り添ってくれる。力を貸してくれる。
鳩羽だけじゃなくて、あの場にいたみんな。
それ以上アレコレ名を挙げることはないけど。]
[ ふいに、「ズルい」と言われて、
慎一は少し驚いて自分の手元を見た。
ファスナーの表面は、
凹凸がざらざらとして触り心地がいい。
あまり意識もしていなかった行為を指摘され、
ボタンを摘まむ番代を見て慎一は笑った。]
ヤだよ。あげない。
[ ……ダサいウィンドブレーカーだしね。
今度は意識的に。自分を落ち着かせるために。
その感触を繰り返し指先でたどりながら。]
[ しゃべってて気づいたんだけど、
自転車を飛ばしてきたせいか喉が渇いた。
あとで外の自販機を見てこようかなんて考えて。*]
メモを貼った。
[
私の最後の記憶と、反応でなんとなく伺えるような気はするけどね。
乃絵ちゃんはあの世界でもいつも通りのしっかりした子で、
その印象が崩れることは無かったのは私も同じ。]
[ここはさながら落第生たちの反省部屋。
テレビ番組で、脱落した人たちが集まって談笑するようなああいう感じ。
……さすがにその想像は呑気すぎるか。やめよう。
??
[その意味が分からなかったので、
言葉にならない訝しげな声だけを上げて、首を傾げて見せる。
何かの距離を測っているようだった。]
[
とにかく、あの校舎に今も残っているであろう人たちを信じるしかない。
それしかないみたいだ、ということは共有できたと思う。
もう私たちは答えを、乃絵ちゃんが張本人ということを、知った身なので。]
えー。ズルい。
[
いや冗談だけどね。私は自分のコートのボタンで我慢します。]
なんか、触ってると気持ちが落ち着くねー。
今まで自覚してなかったけど。
[あの校舎での向井くんを見て気付けたことだ。
私の場合は、無意識に何かを握り締める癖。
それが自分の心を救ってくれていたことに繋がっていた。]
[
それを見送って、私は冷える廊下で待ち続けているだろう。*]
メモを貼った。
「 前の日まで普通だった 」とか
「 いつもと変わらなかった 」って、
その人物が死んだ後に
周りの人が言っていたりすることって
割とままあるんじゃないかな。
"突然"自ら死を選ぶ、なんて
そうそう起こるものではないと思う。
今回の私のは、あーー…………。
なんだろう、そんな気分だったから?
不思議な状況に巻き込まれて、
今まで考えてこなかったことの
新しい部分を見て。
そうしなきゃいけないと思ったからそうした。
自分にとって必要だったから。
きっと他人には理解されないだろうけど。
あの場所を作った誰かも、
何かをずっと募らせ募らせて、
それが必要になってしまったから、
こんな行いに及んでしまったのかなあ。
これはただの門外漢の予測に過ぎないけれど。
随分と溜め込んだ結果の爆発だな、とは思うかな。
死にたいって思うことも、
生きて欲しいって願うことも、
どっちも身勝手なお話だ。
[ ―――― そうして、目が覚めた。]
[ 起き抜けのぼんやりした頭で
いつもの見慣れた自室を見回す。
それから何の夢見てたっけ、なんて
のそのそと身体を起こして、]
――痛った、
[ 腹部に鈍い痛みが走って、
ついそこを抑える。
何かに刺されたような、傷跡が薄っすらと
臍を横切るように腹の真ん中に残されていて。]
…………。
ああ、そっか。
[ ゆっくりと自分の身体を抱きしめながら、
あれら全てがただの夢じゃなかったんだな、と。]
[ 変化はもう一つ。
…………ひどく、静かだった。]
[ そこまでして、携帯の通知に気付く、
利美からのメッセージ
黒沢ちゃんの現状を示される文には、
ああ、成る程ねと。一応の納得をして。]
……やっぱり、図太い人の仕業だったね。
[ 彼女の言っていた形容を思い出しつつ、
小さくため息を吐いた。
両親はもう仕事に行っていた。
綿見家がこんなに静かであることを、初めて知った。
身支度を済ませれば、ゆっくりと病院へ向かおう。]
―― 病院/待合室 ――
[ 集中治療室付近とか、初めて行くんだけど。
そもそも滅多に病院にも罹らないし。
若干まごつきながら、病院の待合室に
なんとなく座っていることにした。
いや、だって、こう。
もしかしたら彼女の悩みの一端に
私がなってたりもするかも知れないじゃん?
流石にちょっと気まずさはある。]**
── 現在・病院 ──
[ バラエティ番組の反省部屋と比べれば、
このはずいぶんと静かだった。病院だもの。
それ以上聞いてこなかった番代に、
慎一がマネキンの話をすることはないし、
──あ、でも。
あまり口を挟まず話を聞いてた九重に、
「あのお札、なに……?」って、
怖々聞いてみたりして。
……専門的で難解な呪文みたいな、
オカルトトークが返ってくるんだとしても、
聞かなきゃよかったとは思わないよ。]
[ 意味のわかんない動作をする慎一と、
それに首を傾げる番代。
その視線を感じたなら少し笑って、]
……手の届く範囲って、
意外と限られてるんだなあ、って。
[ やっぱり意味がわかんないかもしれないけど、
一応、そんな説明だけは加えておこう。]
……そーだよ。
ちょっとだけ落ち着くから、
パニクったときとか、オススメ。
[ とりあえず気分を落ち着かせたいとき。
あるいは今みたいに、
無意識にしたって気分の落ち着かないとき。
慎一はそういうの、ちょっと詳しいんだ。
日常にそういうタイミングがちょっと多いからね。
だから、知ったような口をきく。
何も自慢できることではないけれど、
ふふん、という感じに笑っていた。]
[ それから間もなくのこと、
綿見もその場所にやってきたかな。
……おかえり。
綿見も反省部屋の仲間入りかあ。
[ 今度は「おかえり」を慎一が言おう。
さっきまでの冗談を引用しつつ、
なんか、女子ばっかだな……って思ってた。**]
メモを貼った。
……あー、わかる。
[
よくわかんないけど、わかる、と相槌を打った。
自分の手の届く範囲がもっと広いなら、
きっと自分のことだけじゃなく、いろんなものを背負えただろうって。
向井くんの意図は分からないけど、そんなことを思ってばかりだ。]
そうだね。
また閉じ込められちゃった時は試してみる。
[
あ、これは我ながらすごいブラックジョークだなって思い至った。
今後の人生でまた暗くて狭い場所に閉じ込められる機会、
どれくらいあるんだろうね、ほんと。
また緊張と混乱が込み上げて、
顔や手が冷や汗まみれになるのは避けたい。
女の子としての顔が台無しになるんだもの。]
[向井くんと反省部屋にて気を紛らわす会話を広げて、
集中治療室前の張り詰めた空気を少し溶かした気がするけど、
乃絵ちゃんの母親のほうをチラリと見れば、気まずさが返ってくる。
だから無意識のうちに歩きながら話しつつ、
待合室のほうを覗いてみれば、
茉奈ちゃんもそこにやって来てたのかな。
気まずそうにしているのにはあえて気付かないフリ。
私も出来る限りの笑顔を浮かべて、
おかえり、と言って迎えよう。**]
メモを貼った。
メモを貼った。
[ 物言わぬマネキンに聞く耳はない。
何を言っても、何が届くこともない。]
── 現在 ──
向井くん。……ただいま。
反省部屋って何、それ。
[ 声を掛けられた方を見上げて
くすくすとそう笑って返す。
反省部屋って向こうの世界じゃないの?なんて。]
……いつの間にこっち帰ってたの。
もしかして、同時だったのかな。
[ それなら私の死に様は見られてないってことで、
それはそれで良いのかもしれないけれども]
[ もう1人。
ひとみの姿を見つけたならば、
ただいま、とゆるく手を振って微笑んで。
ひとみに言いたいこと、相談したかったこと、
あったんだけどさ、無くなっちゃった なんて。
だから結局私の悩みの本当の形は
きっと誰も知らない。]*
── 現在・病院 ──
んー……、
あの場所。ヒントだったのかな。
だとして、なにも気づかなかったね。
──って話。
気づかなかったのか、
気づかないフリをしたのか、
……そのへんの差はあるかもだけど。
[ だから、落第生の反省部屋。
小さく立てられた笑い声に、
慎一も少し笑ってそう答えよう。]
[ いつの間に。という問いには、
そういえば。と思い出すことがある。]
……いわれてみれば。
俺、綿見の人形は見てない。
9時前に集合しようって言われて、
その直前まではいたんだけどなあ。
……少し前≠ニかいい加減な決め方するから。
[ まるで自分が今ここにいるのは、
あの大雑把な集合時刻のせいみたいに言う。
そんなことないのもわかってるんだけどね。]
……だから、
チャイムが鳴るとだれかが帰る、なら。
2日目の夜かな。午後8時50分。
[ 同時だったのか。という問いに対して、
正確な時刻を告げる必要があるかはさておき、
それが慎一の性分なので勘弁してほしい。
それから、慎一は少し考えて、
少し慎重な声色で綿見に尋ねてみよう。]
最後さ……その、
綿見もやっぱり、死んだの?
[ 番代はあまりその話、したくなさそうだしね。
綿見もそうだというなら無理強いはしない。
ただ、ほら。あれって結局何だったのかな。
いなくなった人、それぞれの形をしたマネキン。
喉元のかきむしったような痕。
襟首の詰まったセーターに少し隠されたそれを、
肌に残ったざらざらとした質感を、
手持無沙汰に撫でながら、綿見を見下ろして。*]
[私が校舎からいなくなってから後のことは知らないけど、
向井くんと茉奈ちゃんが続いたのかな、ということは察せられた。
自分のマネキンについては考えても、
皆にお見苦しいものを見せたんだろうなという気持ちだけがあって、
その謎が気になるというわけでもない。
私が見たマネキンは利美ちゃんのアレだけだったしね。]
[
彼女には何が聞こえていたかも知りようがなく、
何も無ければ、それでいいなとも思う。
しばらく、待合室の椅子に座って2人の話を聞いていただろう。
高校に入ってから繰り返してきた癖で、
1人きりになるとぼたんが話しかけてきそうだったから、
あまり離れた場所に孤立しないよう、意識しつつ。*]
[ ヒントだったのかな、と。
誰があのメールを送ったのかということ。
それが誰か、私は全く考えなかったわけでは
無かったのだけれども、]
図太いひとなんじゃないかな、とは、
ちょっと思っていたけどね。
なるほど、それが誰なのか
当てられずにこっち戻って来ちゃったから。
[ まあでもあと5人居るし。
あれだけ減ったならば誰かがきっと
颯爽と当ててくれるよ、なんて無責任に思う。]
[ 私の人形を彼が見てないように、
彼の人形も私は見ていないから、
彼が一体どんな顛末を迎えたかは分からないが。]
時間がその辺なら、私もその時間かな。
集まろうって言ってた炭蔵くん無視して
出ていっちゃったし。
[ ちょうどそのくらいの時間だったかも。
だとしたら何かに誘われて
私はあんな行いに及んじゃったかな、──なんて。
死んだの、と。
おずおずと聞かれたならば
何でもないようににっこりと笑って。]
そうだね。死んだよ。
死ぬってあんな感じなんだねえ。初めて知った。
いや、あそこは現実じゃないし、
本当に痛みを伴っていたかもあやふやだけど。
それでも、死んだし、殺した。
痛かったし、苦しかったかな。
[ お腹のあたりをなんとなく、そっと撫でつつ
どこか晴れ晴れとすらする様子で。]
[ でも、詳細を語ろうとはせず。]
…… 向井くんは、どうだった、かな。
やっぱり苦しかったと思うけど。
[ クレープの味はどうだった?って
そう言うように、訊いてみて。
まあ、答えなくても良いけどね。とも言いつつ。
きっとぐちゃぐちゃになったのかな]*
── 現在・病院 ──
図太い人ぉ?
なんつーか、そっか。
見え方ってちげーもんだね。
[ 少なくとも番代と話していて、
そんな話にはならなかった……と思う。
椅子に腰かけた番代をちらりと見て、
なんていうか、同じ落第生でも、
出した回答は三者三様……なのかもしれない。]
それも勝手な憶測だけどさ。
少なくとも、呼んでくれたんだし。
そういう話をしてたとこ。
[ 今度は誰が当てるかの予想大会は始まらず。
慎一は相変わらずなんとなく立ったまま、
座っている女子たちを見下ろしている。]
……無視したかあ。
ユーガ今ごろ泣いてるかもよ。
……つってもさ、
集まったって無意味だったのかもね。
どうしたって帰らされてた気もする、し。
[ 炭蔵が泣いているとは1ミリも思わないが、
彼を不憫に思ったのははじめてかもしれない。
無視した結果の今ではないかもしれないが、
できれば次からは謹んで辞退とかにしようよ。]
[ 「死んだの?」慎一の問いも直球だけど、
綿見の返答も大概ストレートな豪速球だ。
「死んだ」「殺した」物騒な単語の羅列に、
つい疑問を挟んでしまったりもするんだけど。]
殺した……? なにを?
[ だってさ、帰ってきたのは綿見ひとりでしょう。
あの時間に帰ってきたのは、慎一を入れてふたり。
何に会うこともなく、ひとりで沈んだ慎一には、
もうひとり帰ってないと計算がズレない? って、
純粋に疑問に思えて仕方ないだけだから、
語りたくないならコレも無視を決め込んでくれていい。]
[ とにかく、会話にはままあることだろうが、
同じ問いが慎一にも跳ね返ってくる。
……苦しかったなあ。
やっぱり夢じゃないなって、
あんとき改めて思ったかもしんない。
苦しかったし…………、
[ クレープの味ほど軽やかに語れないかな。
指先で傷跡をたどりながら、
慎一はあの瞬間のことを思い返している。]
むなしいね。って、
だいぶ前、俺に言ったでしょ。
むなしかったよ。
あの場所で死んでいくのも。
今も少し、むなしい。自分がね。
[ 確かにぐちゃぐちゃにもなったけどね。
今の慎一は割と淡々とそう言って、
泣き出したりはしないので安心してほしい。
別にこれは今となっては、
何がなんでも隠したいモノでもなくて、
番代がいるのもわかって、そのうえで、
慎一はそんな漠然とした答えを返してる。]
綿見は──、あ、いや。
無理に聞こうってわけじゃなくて。
[ 根に持つタイプでごめんね。
慎一はあの日のこと、忘れちゃいない。
結局あの言葉の真意やなにやら、
わかんないまま豹変されるのを警戒して、
気づけば普通の級友の距離で会話してる。
そんな数か月だったなあって思っただけ。
それと、なんだろう。
もうごまかす理由もない気がした。
声に出してしまえばそれが本当になるようで、
あのときは頑なに認めることもできなかったけど。]
[ つい聞き返してしまったけれど、
これも、お得意の無視としてくれてもいいよ。
……や、これは別に嫌味とかじゃあなくって。
ゆるりと会話の向く先を変えようと、
慎一はそのとき思い出したように言う。
……実際、そのとき思い出したんだけどね。]
……そういえば、
クレープもパンケーキもうまかった。
夕飯に困んなくて助かってたんだよね。
あれ、綿見でしょ。ありがと。
[ 番代はパンケーキのこと知らないだろう?
羨ましがってくれてもいい。あれはうまかった。]
俺、飲み物買いに行くけど──、
ほら、外出たとこの自販機。
なんか買ってこようか。
お礼。番代もついでに。
[ あくまで綿見にはお礼として、
番代はついでだよって言っちゃうから、
慎一には浮いた話がないんだろうな。
……それ以外の原因からは目を逸らしつつ。
でもまあ、対価を払う気はあるよってこと。
どこまでいっても無償のナントカには縁遠く。
ラインナップまでは覚えてない慎一は、
ほらあっち、って入口のほうを指さした。*]
[ そう。図太いひと。
これだけ大掛かりに死ぬよーって宣言して、
あんなメールまで残しておくような。
ともかく、そんな話をしていたらしい。
もうあそこから醒めてしまったから
そんな話は出来ないかとも思ってたけど、
ばっちり全部覚えているものだから。
よかった、とも、どうとも取れる。]
炭蔵くんの泣き顔?
それはレアだね、是非写真に残さないと。
……まだあそこに居るんだろうけどさ。
まあ、それはそうだと思う。
ゆっくりゆっくり、形を変えていたし。
世界にも受け入れられる上限があったりする、
そういうことなのかもね。
[ さて。死んだけれど、殺した、とも言った。
驚かれるのも無理は無いだろう
けれどたしかに私は殺したのだから、
くすくす笑って、お茶を濁しておくだけ。]
ただの夢では無いだろうし。
やっぱ、苦しい目にあってこっちにきたんだ。
それでも死んだけど死んで無いって、
変な感じするよね、……。
[ ちゃんと答えてくれてよくできました。
なんて、じっと向井くんの指の先を
なんとなく見ながら、
いつか話した言葉について言われれば、顔を上げ]
ああ、そんなことも言ったね。
なんだかもうそれすら懐かしいけど。
そっか。やっぱり虚しかったよね。
[ 淡々と。泣きそうにもなくそう言う姿に
吹っ切れちゃってまぁ、なんて思いつつ。
泣いてくれてもよかったんだけどなあ。
彼もまた、死ぬことで何か変わったのだろうか。]
…… 私?
私はずっと諦めて虚しくてだったからね。
似たようなものだよ。
頑張りたかった。でも無理だった。諦めた。
向井くん、認めないで堪えて頑張ってたから。
まあ、……ちょっと意地悪したくて?
頑張るのやめちゃいなよー……ってさ。
頑張り続けるの辛いじゃん。 それだけ。
[ 我慢の皮が剥がれてぐちゃぐちゃになった
素直なその下を見て見たかったから、なんて。
そう、言うなれば引きずり下ろしたかっただけ。
ただの意地悪だよ。ごめーんね、と。
そこまで反省してない様子で言って。
[ いきなり話題が変わっても、
まあこれ以上は泥沼かもしれないからね。
深入りしすぎない方がいいこともある。
ああ、食べてくれたんだ。
それは良かった。……ありがとう。
[ この礼だけは、少しだけ黒い視線は
和らいだものになって。
やっぱり、ね。自分の作ったものだ。嬉しいから。
飲み物を買ってくれると言うならば
それに甘えさせてもらおう。]
じゃ、カフェオレお願いしまーす。
[ 多分あった気がするから、と。
雑な注文をひとつ投げかけて]*
[向井くんと茉奈ちゃんの会話を聞いている。
盗み聞きするような意図は無いから、耳を澄ましているわけじゃない。
聞こえた内容をただただ、聞き流している。
楽しいことだけを享受しようと振る舞ってきた私。
クラスの誰と誰がどんな秘密を共有しようと、介入できないものもある。
……女子グループって噂が早いし、聞き流し慣れてるってのもあるけどね。
だけど、
釣られてしまう魚のようにそちらを向いてしまう。]
パン……ケーキ……?
[何それ。食べてない。
いいなーと羨みの視線を隠さずに2人に向ける。]
あ、クレープ美味しかったよ茉奈ちゃん。
ありがと!
[こちらに帰る前日の夜にいただいたクレープのお礼を、
ちゃんとしていたか、し忘れていたか、
覚えていなかったので、改めて伝えよっか。]
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