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[ハルトヴィン。故郷に一人残してきた息子を思う。
産まれたときは皆同じような挙動をする子供が、同じように育てた場合でも、それぞれ違った成長をするのは面白い。
同じ食事、同じ教育、同じ運動。家畜の質の良さを保つのは簡単ではあるが、ヒトはそうはいかない。
どの子の事も覚えている。
産ませた子供も、買った子供も。皆、出会いから別れまで。
ハルトヴィンは、自分と同じく魔法付与の素質がなかった。
だから、自分と同じ研究者として育てた。
前髪の上から右目に触れる。
彼の最大の発明が、そこに埋まっている。]
[必要なものは渡した。
ここにあるもの、全てが食い散らかされ、壊されたとしても問題はないはずだ。
ベッドに横になり、目を閉じる。
いっそ、自死をしたほうが楽かとも思ったが、万が一、襲撃されなかった場合に。
死体を見て悲しむ人がいると思えば、自分ひとりが苦しんだほうがいいと思った。]
ミーム、サラ……。
[いつの間にか、随分と可愛がってしまっていた。
子供は好きだ。無垢で、脆くて、何より。
未来がある。
成長の、伸びしろがある。
可能性がある。
できることなら、もっと……]
[どん、と。何かの扉にぶつかる音。]
……っ
[己の生命を維持している器官が、一斉にざわめき始めた。
きた。そう思った。]
……だ。
[布を被って、絞り出すような声は、やがて。
祈りとも呪いとも、悲鳴ともつかない言葉に変わっていく。]
嫌、嫌だ……っ、死にたくない。
頼む、助け……、誰か、いや、どうか
くそっ……僕はまだ死にたくない、まだ……まだ、僕は……
[できることを全部していない。
やれることをやりきっていない。
でも、そんなことよりも今は]
僕は、あの子達のそば……っ
[それきり。
あとは考えうる限りの懇願と、意味をなさない悲鳴と、
言葉にできないくらい、凶悪な音が暫く続いて。
朝が来る前には、静かになった。]
──早朝/冷凍ポッド内──
[幸いなことに、エフは眠ったままポッドに納められた。
自分の体質は理解している。寝落ちるまで酒を飲んだ翌日は、間違いなく昼過ぎまで寝てしまう。だから何もわからぬままでいようと、とっておきの一本を飲んで眠りについた]
[夢を見ていた]
[過去に行った美術館。行きたかった遺跡。文献だけでしか見たことがない旧文明。売れない頃に住んでいた家。未だ完成が見えない建造物の完成した姿。途中まで手掛けた自分の仕事の完成形。自分の生家。未だ見つからない幻と言われている宮殿]
[その中を目を輝かせながら歩いていた]
[さみぃな、空調いかれてんのか?]
[そう思った気がした]
[凍結が始まり、末端から崩れていく。痛みはない]
[夢の中で氷の惑星にあったと言われる宗教建築を訪れていた]
[これだこれがおれがあのしごとでつくりたかったりそうけ]
[パリンと音がした気がした]
[冷凍ポッド内にはかつてエフだった何かの痕跡が残っているだけだ]
メモを貼った。
メモを貼った。
[アルクビエレは教団の人々の暮らしを見るのが好きだった。
夫婦が、親子が、隣人が助け合って暮らしている姿を見るのが好きだった。
種族も性別も出身も、貴賤も貧富も善悪も関係なく、
人々が共にある様を眺めるのが好きだった。
その中には、アルクビエレの"こどもたち"――星喰いアメーバである彼から分かれた子株達も含まれている。]
[《銀光教団》の信者の約半数は、
アルクビエレの"こどもたち"だ。
言い換えれば、残りの半数はアメーバではない。
彼らは周囲にアメーバがいることなど知らないまま、
ただ救われると信じ、祈っている。
全ての信者を喰ってしまわないのは、
人々の中にアメーバが混ざっていることそのものに、
アルクビエレにとっての意味があるからだ。
そのために、夫婦の片方だけや親子の親だけを、
"こどもたち"に喰わせた。
完璧になりすまし、完全に成り代わるようにと。
互いに愛し、愛され、共に生きるようにと言い聞かせて。]
[《銀光教団》はアメーバを殖やすための土壌であると同時に、
アルクビエレの理想の箱庭であり、小さな楽園だった。
自分達も人と共に穏やかに暮らせるのだと、証明したかったのかもしれなかった。
勿論それは、人から見れば、
一方的な捕食と擬態によって作られたまやかしだ。
アルクビエレは人が悲しむ理由も知っていたし、悲しむことだってできた。
信者の人間が死ねばそれなりに悲しんだし、
"こどもたち"が死ぬところを見れば同じくらい悲しんだだろう。
けれど「代えが効かない」ことをきちんと理解していない。
文字通り血肉を分けた"こどもたち"でさえ、数百といる。
アルクビエレにとっては子供すら、いくらでも替えのきく存在だった。
だから、そっくりな擬態と入れ替えることをたいした問題と捉えていないし、唯一を喪う悲しみも理解ができなかった。]
[アルクビエレというアメーバはわりと人が好きだったし、自分達という存在が人と共に暮らすことを望んでいたが、それを望むにはおそらく平坦で、薄情で、想像力に欠けていた。
平坦すぎるからこそ、全てに救いを、
などと言えたのかもしれないが。
PJと再会したことも、友人になれると言われたことも、
嬉しかったのは本当だ。
沙羅という少女を見て、力になりたいと申し出たことだって、
本心からそう思っていた。
ただ、だからと言って別に彼らの大切な人や、彼ら自身の命を奪うことに躊躇があるわけでもなかった。
アルクビエレは楽に死ねることは救いのひとつだと思っていたから、そうなったらそうしてやろうと思っていただけだった。
人と生きるべきではない生き物だった。]
[教祖アルクビエレが斃れたことは、
すぐに《銀光教団》の"こどもたち"に伝わった。
彼らは親株からの言いつけ通り、
教団の名簿を全て焼いた。
それから、それぞれの家族を連れて姿を消した。
教祖の乗ったポッドが探されることはない。
生きている者の役には立たないからだ。]
わたくしの正体が知られれば、
信者たちは追われることになるでしょう。
かつてビジェであったように、
我々も人も諸共に焼かれ、殺されることもあるでしょう。
とても悲しいことです。
とてもとても、悲しいことです。
けれど、それが何だと言うのでしょう。
[かの方舟は全てを救うことはなかった。
全ての動物から選ばれたつがいと、
"正しい人"のみが乗ることを許された。
今度もあなた方は、選び出さなければならない。
彼らの中から、"正しい人"のみを。
同じように救いを求め、同じように祈る彼らの中から。
"正しい人"だけを選ばなければならない。
或いは、選ばないことを選んでもいい。
全てを押し流すことを選んでもいい。
けれど、あらゆる星に根付いた彼らを、
一度に殺し尽くすことは不可能だ。]
[祈りは絶えた。
種は蒔かれた。
何人が死のうとも、何年とかかろうとも。
最後に生き残ることこそが正しい。
全ては、我々という種が続くため。]
――ああ、わたくしのこどもたち。
あなたたちのひとりでも、
伸ばした手のひとつでも、
いつか"楽園"にたどりつければ。
わたくしがそれを見ることはかなわないけれど。
ただそれだけを、祈っています。 **
メモを貼った。
[かつて【マトローゼ】という宇宙海賊団が存在した。
決して、義賊団などではない。
奪う先は金持ちが多かったけれど、それは効率故。
強きも弱きも関係無く、欲望の赴く儘、気が向く儘、風の吹く儘。
荒らし、奪い。得た富は享楽に費やす。
そんな荒くれ者どもの集団だった。
彼らを腕一本で束ねていたのが、ギョウブである。]
[【マトローゼ】は、今はもう無い。
団員が死に絶えたからだ。
星の海を股に掛ける屈強な男達も、星喰いアメーバには勝てなかった。]
[彼らの船に星喰いアメーバが入り込んだ時、いち早く気付いたのがギョウブだった。
別に、星喰いアメーバの擬態を見破る能力を持っていた訳ではない。
けれど、狸の嗅覚は鋭い。
見知った団員の部屋から本人の血の臭いがぷんぷんしてるのに、当の本人が無傷で平然としていれば、成り代わりを疑うのは自然の流れだろう。]
[だから、しれっと緊急脱出用ポッドで一人船を出た。
尻尾を巻いて逃げた訳ではない。
ギョウブはその足で危険生物駆除製剤をしこたま買い込み(実はPaLooook製だったのだが、本人は無頓着なので記憶していない)船へ戻ると、全体をそれで燻したのだ。]
[──後に残ったのは、大量の肉色の塊と、奪い集めた富の山だけだった。]
[死した海賊全員分の財宝だ。
一人では、一生掛けても使い切れない。
他者から奪う理由は無くなった。
新たに団員を募って暴れ回るには、ギョウブは少々歳を取り過ぎていた。
ここらが潮時だろうと、引退を決めるのは自然な流れだった。]
[さて。この老獪な狸爺が、今こうして冷凍ポッド内に居るのは、果たして偶然だろうか?]
[ギョウブは、信用商売をしてもなければ、教祖でもない。
そもそも、引退済の海賊にいかほどの信用があろうか。
皆無であろう。
だから、名に疵が付く事は何とも思っていなかった。
加えて経験上、さっさと脱出するに限るとも考えた。]
[狸は冬眠をする生き物ではないが、疑死の習性がある。
他の宇宙人よりは、仮死状態からの蘇生が容易いのだ。
ギョウブは、自分の悪運を信じてもいた。]
[万が一発見されず、永遠に宇宙の放浪者になるとして。
それは肉色の塊に喰われるより、余程自分に相応しい最期の様に思えた。]
[ただ、自ら冷凍追放を希望しはしなかった。
自分が言い出す事で、希望者が殺到してはいけない。
日に一つしか、ポッドの用意は出来ないのだから。]
[では、いち早くポッドで脱出するにはどうすればいいか。
誰よりも疑われればいいのである。
普段と行動を真逆にし、自室へ引き篭もればいい。
これで馴染みの者には不審に思われるだろう。
そして誰しも、親しくなった者よりも知らない者の方が、追放への敷居が下がるものだ。]
[果たして、老獪な狸の思惑通りの事は進み。
付近を航行中の船に、ポッドは無事収容されたのだった。]
──昨日──
[部屋の整理を手が止まった]
さて、これをどうするか。だ。
[手にしたのは上等な蒸留酒。なんでも、一本でここのカジノの一日分の売り上げのお値段だとか。
コンペの副賞で貰ったのだが、いかんせん一人で飲むのは気が引けた。そこで飲もうと誘っていたのがギョウブだ。
「今やってるデカいヤマ終わったら飲むか」
そう約束していた相手は既にこの船にいない]
捨てるのも勿体ねぇしな……。
[どのみち無駄になるかもしれない。だが、わずかでも可能性が残っているのならそれに賭けたい。
エフは端末を手に取った]
メモを貼った。
[冷凍ポッドは肉体の保全を目的としたコールドスリープとは違う手法を用いて肉体を凍結させる。
つまり、蘇生を目的としていない凍結方法をする。そのため、蘇生率はコールドスリープに比べて著しく低い]
[だが、もし何らかの凍結に対する耐性を持っていたら?冷凍により破壊される細胞を守るための手段を持っていたら?]
[ないとは言い切れない。現に、恒星から遥か彼方にある、凍てついた星に住む生物には、体を凍傷から守る仕組みを持っている]
[何かしらの船に回収されるだけの悪運を持ち、何かしらの凍結に対する手段を持っていたら。
可能性は0ではないのだ]
『俺の部屋に例の酒を置いてある』
『俺はいねぇが勝手に持って行ってくれ』
[あのクソ狸ならそう簡単にくたばらねぇだろう、そう信じてギョウブの部屋の端末にメッセージを送った]
[規定通りなら次の港に着くまで、部屋はそのままで、部屋の住人の名義もギョウブのままだ。
もし、ギョウブが再びこの船に搭乗することがあればこのメッセージを見ることができるはずだ]
[次に停泊するのは補給基地だから、部屋は片づけられることはない。だから、そこでギョウブがこの船に帰ると信じて]
飲むときに俺に感謝することだな、酒の提供者によ。
[部屋の目立つところにボトルを置き、部屋の整理を再開した]
メモを貼った。
メモを貼った。
メモを貼った。
メモを貼った。
[ミームの手の内で、『萎れない花』が咲き続けている。
栄養も水も必要としないそれは、生きているのか、死んでいるのか。
涙にも、血にも汚れず。ただ咲き続ける。
その花弁のように、記憶は鮮やかに残り続けるだろうか]
[ミームの荷物の中で、『視界情報記録眼鏡』が時を待っている。
封じたものにいれたメッセージ入りのものではなく、ただ。
サイドテーブルから、惨撃を。懇願を。願いを。命の最後を。
記録し続けたそれが、真実を告げる時を待っている。]
メモを貼った。
メモを貼った。
──昨日/自室──
……こいつら勝手に増えてねぇか?
[物の多さにうんざりしかけていた頃、ガラクタの山からある物が姿を現した]
これは……チョウチンってやつか?
[以前の仕事で うちの種族の特産品です ともらったものだったか?自室に飾るには合わないので放置していたが……]
イザカヤにこんなのがあった気がするな……。
[ふと、何かが降ってきた。
整理の手を止め、デスクから紙を一枚取ってくると蹲り、ガリガリと紙に降ってきたものを描き殴る]
ここを、こう……壁にメニューがあって……、カウンターは……。照明は……薄暗く……、チョウチンで光量を……。
[ラフをあらかた描き終えたところで我に返る]
こんなことしてる時間ねぇっつたっろ!!!
馬鹿か俺は!!!
[馬鹿だと思う]
[ともあれ、片づけの邪魔になると、ラフと提灯を提灯をデスクの引き出しにしまい込む]
[もし、誰かがこれを見つけてくれたら。
そんな淡い期待を胸に……。]
メモを貼った。
― ジェルマンの部屋 ―
[寝具や、もう使えないと判断された生活用品は取り外され。
真っ赤に染まった床は洗い流され。
保証に入っていた分の荷物は運び出され。
肉片は加熱、消毒の上廃棄されて。
少女が持ち出したものは、『無いもの』と判断された。
回収されることもないだろう。
部屋はすっかり綺麗になっていく。
そこに男が存在していた痕跡が消えていく。
懇願を、聞き届けられていたら、
そもそも部屋には誰も来なかっただろう。
話し合いを、するつもりがあるのなら。
血は流れなかっただろう。
選択権はいつだって、力の強いものに存在する。]
[それを理不尽だと言うのなら、世界には理不尽しかない。
理不尽だらけの生の中で、それでも、取れる選択肢はひとつではない。
最後に男が選んだのは自己犠牲だった。
あの時、PJを守ったのが自分だと申し出なければ。
あの時、誰かを代わりにと申し出ていれば。
もっと良い取引を持ちかけたのなら?
結果は変わっていたかもしれない。
それでも、男は選べるカードのなかから、それをとった。
選べる中ではもっとも確実に、『自分以外』を守れる手を。
ミーム、サラ、PJ、デリクソン、ハロ。
そのうちの誰も、身代わりにと差し出すことは。
男には出来なかった。
後に、誰かはそれを優しさだと、勇気だと呼ぶかもしれない。
しかし、男はそれを、弱さだと思っていた。]
[時間が足りなかったのだ。
他の選択肢を模索するには。
団結を促すには。
信頼を築くには。
そして、互いを理解し合うには。]
メモを貼った。
メモを貼った。
― 3日目以降のいつか/ロバートの部屋 ―
[かつてのロバートが住んでいた部屋は、きれいに掃除されていた。豪華回遊客船『オテル・デカダン』が今後も運行されるのならば、別の誰かが使うこともあるだろう。
ロバートの遺品に、引き取り手はいない。
『星喰いアメーバ』の危機が去り、無事に補給港へ辿り着いたとしても、ロバートの死を伝えるべき相手は誰もいなかった。
彼の主人は、犬をこの船に預けてすぐに、原因不明の宇宙船事故で死亡していた。そのことをロバートは知らされてはいなかった。いくらか予感めいたものはあったにしろ。
「ここで待っていてくれ。必ず帰ってくるから」
主人との約束は、ロバートの生死に関わらず、ずっと前に果たされないことが決まっていた。]
メモを貼った。
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