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【人】 陀羅尼 サラ ─ AM9:00 ─ (164) 2020/11/13(Fri) 23時半頃 |
【人】 陀羅尼 サラ (165) 2020/11/13(Fri) 23時半頃 |
[ 父の運転で、病院に向かう。
助手席に座って、私はまっすぐ前を見てた。
私、どうして病院に向かってるのかな。
そんなことを考える。
家でじっとしてなんていられなかった。
行かなくちゃって理由もなく思った。
でも、でも、ね、
メアの話が正しければ、あの精神世界を閉じるために、
誰か一人残らなくちゃいけない。
だとしたら……ヒナは、助からない。
きっと今頃、ヒナの治療にあたってるお医者さんたちは
ヒナを助けるために力を尽くしているのに。
ヒナは、多分、助からない。
そのことを、私は知ってる ]
[ そして、もし、もしも、ヒナが助かったとしたら、
その時は、別の誰かがあの世界に残ることになる。
誰かが、ヒナの代わりに命を落とす。
私、何を祈ったらいいんだろう。
みんなで帰ってはこれないって知ってても、
みんな帰ってきますようにって願うの?
そんな、決して叶わないお願いごとに意味ある?
でも私、
私が残るから、みんなは帰っていいよとは言えなかった。
一人残って、あの世界を閉じる役目を引き受けてもいい。
そんな風には思えなかった。今も思えない。
帰ってこられてよかったって思ってる ]
……お父さん。
[ 口数の少ない父は、黙って運転してくれてる。
真っすぐ、暗い道の先を見つめたまま、
私は父に話しかけた ]
私、自分のこと、なんでも持ってるって思ってた。
何も欠けたところがない勝ち組だって。
でも、私、大事なところが欠けてる。
そのことにやっと気づいた。
[ 多分、自分に欠けたところなんかなくて、
自分のことを勝ち組だって思ってた。
それこそが、私の欠陥だった ]
[ 出来のいい姉と出来の悪い妹。
両親のいいところを全部もらった私と、残りかすの妹。
そんな風に本気で思ってた。
でも違った。
私は、普通の人が当たり前にできることが、
どうやらできないらしい。
私は欠陥品で、
プライドなんか粉々に砕けて、
それでも、
あの世界にたった一人で残ろうとは思えなかった。
だからきっと、
こんな感じでこれからも生きていくんだと思う。
人の気持ちをわからないまま。
空気を読めないまま。
無神経って言われても ]
ごめんね、こんな娘で。
私、自分のこと、出来のいい人間だと思ってたのに。
[ 自嘲の笑みを浮かべた私に、
思いがけない父の言葉が降ってきた ]
「お父さんな、会社で、
トンビが鷹を生んだなって言われてるんだぞ」
[ 思わず、え、と聞き返して、思い当たる。
私の家庭教師の生徒は、父の同僚の娘さんだった。
私が家庭教師になってから成績が上がったって、
ご両親にも喜ばれてたんだった ]
「でも、そんなことは関係なく、
お前は、父さんと母さんの大事な子供だ」
[ 「そんなことは関係なく」
その言葉に、思わず目を見開いてしまう。
言葉を探すように、父は少したどたどしい口調で、
「桃香は」と言う。
なんでもよくできた私に比べて、
出来がいいとは言えない妹。
姉へのコンプレックスで潰れてしまわないように、
両親は二人とも大事に思っていることが伝わるように、
気を遣っていたつもりが、
甘やかしすぎて増長させてしまった。
父はそんなことを言った ]
[ 甘えて、甘やかされて、すべてを許されていた妹。
私はあんな風にはなりたくなくて、
ひたすら上を目指してた。
私、もしかしたら、そうしたら愛されるって思ってた?
甘えられない代わりに出来のいい娘でいることで、
両親の自慢の娘でいようと思った?
わからない。
人の気持ちがわからない私は、
自分の気持ちすらよくわかってなかったみたい ]
……お父さんとお母さんは、
私の自慢の、大事なお父さんとお母さんよ。
[ 病院に到着した。
父は夜間出入口の前に車を停めてくれる。
迎えに来るから連絡しなさい、と言われて頷いた ]
ありがとう。行ってきます。*
[ 目の前は真っ白。 ]
[ 操縦士の指示通りに動く、
ただただ海を征く船でありたかった。 ]
[ 残念だね。
志帆は人間だし、こころもあるし、
時には指示に逆らいたくなることだってあるんだよね。
澱のように、黒い気持ちが溜まった結果なのよね。 ]
『理帆ちゃんはいいなぁ!』
[ 言いたくても言えなかったんだもん。
だけど、言える立場じゃないのはわかってる。
言えないよ、理帆ちゃんには。 ]
──現実世界──
[ ジェットコースターから飛び降りたみたい。
心臓がばくばくしてる。 ]
ぇ……、
いま、の、なに?
[ ねえ、なんなの。
暗闇の中、枕元を探して携帯を立ち上げる。
光がとても眩しくて、目を細めた。
日付と時間を確かめていたら、不意に目に入ったの。
手首に不自然な線のようなもの。 ]
[ 携帯からの光じゃ全然足りないから
リモコンを探り当てて照明のスイッチオン。
……蚯蚓脹れ。
パジャマを捲ったり覗いたりしてみれば、
至る所が赤く盛り上がっている。
精神世界でナイフをあてたところと見事一致です。 ]
帰ってきたの?
[ それとも追い出された? わからない。
目を丸くして考えてみるけど、なんもわかんない。 ]
[ 呆然として、携帯に再び手を伸ばせば、
メールの通知に気がついた。
古い順から一通目。琴子。
二通目、担任。三、四、五……通目、めあり。
めありで通知がいっぱいになってたから、
めありのから開こうね。
……めありぃ。今帰ってきたっぽいよ。
[ めあり本人に届くはずのない答えを零して、
メールをひとつひとつ検分していく。 ]
ことめろ、どうして?
[ ねえ、どうしてよ。教えてよ。 ]
[ わかんない。わかんない。わかんない。
携帯片手に固まってたら、もう一通メールが届く。
びょーいん、……いかなきゃ。
[ 救急搬送されたって。
病院に行ったところで何かできるわけでもないけど。
だって呼ばれたわけだから、いかなきゃね。
人間って聴力が最後まで残るってきいたことあるし、
案外呼びかけたら、なあに?って起き出すかもじゃん。
変換する時間も惜しくて、『わたしもいく』と返信。
ベッドから飛び降りた。** ]
メモを貼った。
―― 現在/病院 ――
[ 夜の病院はひとけがなくて、しんとしてる。
なんだか、あの世界で登校した時のことを思い出した。
静まり返った昇降口に戸惑ったっけ。
名前を呼ばれた気がして顔を向けたら、
体当たりするみたいにメアが抱き着いてきた。
私のメールが届いた後、
入口で待っててくれたみたい ]
ただいま……でいいのかな。
[ 「帰ってきた?」ってメアのメールを思い出して、
私はそう言ってみる。
あの世界は、私が見た夢じゃないのよね?
私は、単に夢から覚めたわけじゃなくて、
あの世界から帰ってきたのよね? ]
[ シホも帰ってきたみたい。
「わたしもいく」ってメールが届いてたから
そろそろ来るんじゃないかって、
そのまま入り口で待つことにした。
メアが「みんな帰ってくるよね?」って言う。
私はうんって……言えるわけないじゃない ]
メアが言ったんじゃない。
あの世界を閉じる人は、帰れないって。
[ こういう時、こんな返事をしてしまうから、
私は無神経って言われるのかな。
でも、他になんて答えればいいの? ]
[ 私がそう言ったら、メアは、
あの世界を閉じる人は、
みんなの中の誰かである必要はないって言いだした。
なによその新情報。聞いてない!
そんな大事なこと、どうして教えてくれなかったの! ]
ヒナと関わりの深い、もう亡くなってる人……?
[ 世界を閉じるのは、
世界の主と関わりの深い故人でもいい。
必ずしもあの校舎にいるうちの一人である必要は
ないんだって。
もう一度言う。
そんな大事なこと、どうして今まで黙ってたの! ]
それなら、それなら……、
みんな無事に帰ってきてって、願ってもいいのかな。
[ ヒナも、みんなも、みんな揃って、
あんな寂しい場所に誰も置き去りにならずに済むように。
そうお願いしても、いいかな** ]
メモを貼った。
【人】 陀羅尼 サラ (181) 2020/11/14(Sat) 00時半頃 |
【人】 陀羅尼 サラ (183) 2020/11/14(Sat) 00時半頃 |
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