31 私を■したあなたたちへ
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2年前の今日、私の従弟が亡くなりましてね。 事故でこの歩道橋の上から足を滑らせたんです。
[ 落ちた時に打ち所が悪かったことと、 あまり人通りの多くない場所だったことが災いして、 従弟が見つかったときは、 すでに亡くなってしばらく経った後だった。 ]
これから彼のお墓参りに行く予定なのですが、 まだこの場所に彼がいるような気がして。 それで、お墓に行く前にこの場所でも 手を合わせておこうとやって来た次第です。
[ 簡単に事情を説明した後、 卯木は紙袋の中身へと目を向けて、 また小さく苦笑した。 ]
(16) 2023/11/15(Wed) 11時半頃
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従弟はもし生きていたら、煙崎さんと同年代なんですよ。 だから、本当は駄菓子なんて子供っぽいもの もういらないんじゃないかって思うのですが。 従弟が好きなものとして思いつくのが、 こんなものしかなくて。
彼が亡くなるまでの数年間は共に暮らしていたのですが、 幼い頃の好みは分かっても、 思春期に入った後のことは、てんで知らないままでして。 いやはや、お恥ずかしい限りです。
[ などと自らの恥をさらした後、 すっかり長話をしてしまったと、卯木が煙崎るくあと 別れの挨拶をしようと思ったとき、
「もしよければ、今流行りのものを教えましょうか」
彼女から思わぬ提案が届いた。 ]
(17) 2023/11/15(Wed) 11時半頃
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[ 「今流行っているものを教えてあげたら、 従弟さんも喜んでくれるかもと思って。 余計なお世話なら申し訳ないですが」
遠慮がちに付け加える煙崎るくあに、 卯木は軽く頭を振って、 ]
お気遣いありがとうございます。 もしよろしければ、教えていただけますか。
[ それから、煙崎るくあにその場で 男女共通の流行りものを教えてもらった後、 「たまに男友達からもリサーチしておきますね」 というありがたい提案には、ありがとうございますと 卯木は頭を下げて、煙崎るくあと別れた後 早速CDショップに流行りのCDを 買いに行ったのだった。 ]
(18) 2023/11/15(Wed) 11時半頃
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[ それから、煙崎るくあが兎坂庵に来店したときは、 たまに今何が流行っているのかを教えてもらい、 彼女と雑談することが増えていった。
「今どきの男子高校生は、 『恋人が欲しい』と叫んでいる人も多いですが、 それはさすがにお供えできませんし」
などと、本気か冗談か分からないことを 言われたりもしたが、卯木と煙崎るくあは 比較的良好な関係を築けていたのではないかと思う。 ]
(19) 2023/11/15(Wed) 11時半頃
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── 銀島 ──
こんな場所にテーマパークを作って、 はたして集客が望めるのやら。
[ 船に乗ってから数時間かけてやって来た銀島に ゆっくりと降り立ちながら、 卯木は小さく言葉を漏らす。
お世辞にもアクセスがいいとはいえない場所に立つ テーマパーク:ギャラクシーランド。 非日常を味わうにはもってこいの環境かもしれないが、 日帰り客は望めないようにも思う。
もっとも、今はオープン前のため、 今後、海上モノレールを敷いたりなどして 何かしら環境を整える可能性はあるのだが……。 ]
(20) 2023/11/15(Wed) 11時半頃
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ああ、はい。 ありがとうございます。
[ モナリザと名乗るロボットから 『アポロ』を受け取った後、>>@0 チューブ型の通路へ足を進めながら、 卯木はこの謎の招待について思考を巡らせていた。
いったい誰がここに自分を呼んだのか。 その者と煙崎るくあの関係とは。 そして、なぜ煙崎るくあの名を騙って 招待状を出したのか。
それこそ、卯木は招待状が届いてから、 『なぜ僕が呼ばれたのだろう』と ずっと考えていたのに、 納得できる答えはいつまで経っても出てこない。 ]
(21) 2023/11/15(Wed) 11時半頃
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[ 数日間の臨時休業となった兎坂庵だが、 この島に来ることを卯木は誰にも話していない。
死者からの招待状が来たなんて話したら、 行くのを止められるに決まっている。 けれど、卯木はどうしても 招待主の意図を知りたかったから、 明らかに怪しいと思いつつも、 こうしてこの島に足を踏み入れた。
ただ、どうしても罠めいたものを感じたため、 卯木は念のため招待状のコピーを 兎坂庵に残しておいた。
数日後の休業明けになったとき 卯木が音信不通であれば、 捜索願でも出されるのではないかと期待を込めて。 ]
(22) 2023/11/15(Wed) 12時頃
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[ 考え事をしている間に、 いつの間にか通路を抜けていて、 様々なアトラクションや建物が目に入った卯木は、 とりあえず、せっかくだし何かしら楽しもうかと アトラクションに足を進めようとしたとき、
「大富豪がこんな無人島を買っても、 結局持て余してしまうのよね」
どこかの女流推理作家の小説に出てくる 家庭教師の女がそんなことを口走っていたのを、 ふと卯木は思い出した。
あの小説の中では、 最終的に無人島に招待された全員が 罪人として殺されたのだったか。 ]
(23) 2023/11/15(Wed) 12時頃
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[ もしかしたらこの煙崎さんは、 招待客の罪を暴く役割を担っているのかもしれない。
だとしたら、僕は一体何の罪で裁かれるのだろう……。 ]**
(24) 2023/11/15(Wed) 12時頃
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『 いつか、 皆と一緒に遊びたかったの。
宇宙みたいに広くて、 おもちゃ箱みたいに楽しくて素敵な場所で。
叶うといいな 』
(25) 2023/11/15(Wed) 16時頃
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■回想:ファンクラブNO.001328。【中村 綺羅之介】
私を初めて歌舞伎に連れて行ったのは誰だったか、 今となれば、それはたいした問題ではない。
「 ……綺麗 」
舞台上の”推し”を見つめ、ほう、と呟いて。 花道から退場する姿を拍手とともに見送ったあと、 私は劇場を抜けて楽屋口へと急ぐ。
通行人の邪魔にならないよう気を付けて、 たくさんのファンの中、その姿が現れるのを待った。 彼には熱狂的なファンも多くついていたが、 私の知る範囲では揉め事もなく、 和気藹々と、しかし熱の篭った会話をしながら 出待ちに勤しむのが常だった。
(26) 2023/11/15(Wed) 16時頃
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「 お疲れさまでした。 とても素晴らしかったです 」
手紙を渡す際に交わす言葉はせいぜい二言三言。 時間に余裕がある時は、もう少し増えただろうか。 だとしても、熱心なファンと人気役者。 傍からみれば、そんなよくある繋がりだっただろう。 *
(27) 2023/11/15(Wed) 16時頃
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■回想:兎坂庵の店主と【卯木 宙太】
「 もしよければ、 今流行りのものを教えましょうか 」
何故そんなことを口にしたものか。 和風喫茶の常連で歌舞伎を好む私は、 高校生にしては流行に敏感なタイプじゃないと思う。 それに、亡くなったという彼の従弟は男の子なのだ。 同じ年頃の男の子が好きなもの……、 私は頭を巡らせて、今人気のミュージシャンの名前や、 ゲームのタイトルを捻り出した。 卯木さんは喜んでくれたようだが、 『恋人をお供えすることはできない』 私の聊かブラックな言葉への反応は曖昧な様子。 まあ、無理はないかな。
(28) 2023/11/15(Wed) 16時頃
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「 でも、最近は 恋愛に興味ない男の子も多いみたい 」
フォローになっているか分からない付け足しをして。
「 お役に立てたなら、よかったけれど……。 また、お店寄らせてもらいますね 」
ぺこりと頭を下げた。
(29) 2023/11/15(Wed) 16時頃
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それからも、兎坂庵には度々足を運び、 情報を仕入れては伝えることもあっただろう。 それ以外に学校の話、家族の話も する機会があったかもしれない。
しかし、「ホントは、私、駄菓子も好きだし、 高校生でも好きな子多いと思う」 そのことは最後まで、言いそびれたまま。 **
(30) 2023/11/15(Wed) 16時頃
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「 ── なら、付き合おうか。 」
そんな言葉と共に笑い合った記憶はある。 ただそれを口にしたのがどちらかも覚えていないくらい。 まるで空に描いた絵のように、 実像とは異なる空虚な契りだった。
(31) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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あいにく人に自慢できる才は持ち合わせていないが。 異性受けする容姿には恵まれたらしく、 俺は物心ついた頃から女性にモテた。
告白された数もそれに比例して。 呼び出しを受けるのもしょっちゅうだ。 当時の俺にとって、もはや校舎裏は庭だった。
数えきれないくらいの告白を受けて。 それと同じ数だけ告白を断った。 返せるはずのない想いだった。 なのに向き合わねばならなうことに辟易していた頃。 特定の誰か、すなわち彼女ができたら 告白され機会も減るだろうと。 なんとも学生らしく未熟で浅慮な思考。
(32) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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…… わかっていたくせに、俺は縋った。
俺は煙崎るくあのことを愛してはいなかったし。 彼女だって同じだっただろう。
なのにたった一つの絵空事によって、>>31 俺達は彼氏と彼女になった。
(33) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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関係は良好だった。 お揃いの熊のマスコットを通学鞄に付けて揺らし。 放課後は流行のクレープ屋さんに連れ立って、 互いのフレーバーを一口ずつ交換するような。
学生らしい微笑ましいお付き合い。 だが偽物でしかない俺達は 当然、身体の関係もなければキスもしない。
「煙崎さん」「坂理くん」
下の名前で呼び合うことすらしないままだったから、
(34) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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俺の名前は柊と書いて、そのまま「ひいらぎ」と読む。 だが名として広く認識された響きである「しゅう」と 誤って呼ばれることが多い。
なのでクラスどころか学年も違う彼女が、 俺の名前を「しゅう」君だと思っていたと言われても 別に驚きはしないだろう。
(35) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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恋人っていうのは嘘なんだから。 なら、本当はどんな関係なんだろうね。
偽装、と冠が付くデート中の。 その他愛もないやり取り、その一幕。 こちらに向ける煙崎るくあの顔からわかるように、 特に深い意味もなかっただろう。 友人同士とも言えない俺達だった。 だから少し考えから、
「 …… 部活の先輩と後輩とか? 」
確かそんな風に返したはず。 俺は一学年分、彼女より年上だったから。
(36) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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「帰宅部なのに?」「帰宅部なのに」
同じ言葉を響かせてから。 顔を見合わせ、ふふっと可笑しそうに笑い合う。
俺が部活に入ると、俺目当ての女子の部員が増えた。 それは決して歓迎することではなかった。 色恋目的の入部は活動に身が入らず、トラブルを招く。 告白を断られてあっさり辞めて行くことも多い。
部活には入らない方が良い。 中学時代の経験から、身を持って学んでいたから、 高校では最初から最後まで帰宅部を選んだ。 煙崎るくあはどうだっただろう。 当時こそは彼女も俺と同じ部活動だったが、 この会話の後、何らかの部活に入部したかもしれない。
(37) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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単なる嘘の彼氏と、単なる嘘の彼女。 仲は良かった。心地の良い時間だった。 ただ無精卵をどんなに温めても孵らないように 愛情が生まれることだけはなかった。
俺には前述の通り、嘘をつく理由があった。 だが煙崎るくあは違う。 何故彼女がこの得る物のない関係を受け入れたのか。 敢えて理由を尋ねることもしなかった。
友人が多く、人付き合いに長けている様に見えるのに。 他者から一歩引いているようにも感じた彼女の微笑み。 互いに踏み込み過ぎない、この距離が心地よいのだと、
──── 彼女がいなくなる最期まで、 そんな言い訳を繰り返して。
(38) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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「 招待状に名があるってことは。 煙崎さんに会えたりするのかな。」
そんなはずはないのを承知の上で。 つるりとしたボディに向けて笑いかける。>>@0
偽りの関係しか持たないくせに。 さも彼女と親しい間柄の一人です、という顔をして。
潮を含んだ風を受けると、招待状を手にしながら、 「ギャラクシー・ランド」へと降り立った。**
(39) 2023/11/15(Wed) 18時半頃
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―回想―
「後見人の方ですね?初めまして、 煙崎さんの担任の菊水です。 煙崎さんも座って。では、面談始めます。」
彼女には一回りほど年の離れたお兄さんがいるらしい>>1という事は知っていたけれど、なぜだか私は三者面談でもそのお兄さんとやらに会う事はなかった。
どこかの何とかいうところの研究者だとかなんとかいう話もちらっとは聞いた… というか、それは彼女自身か後見人から聞いたのだったかな…
ともかく仕事が忙しいんだろう、という事で教師内の間では話がまとまっていたし、私もそれで納得した。
(40) 2023/11/15(Wed) 19時頃
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でも私にとって彼女は10年足らずの教師生活のうちほんの数年のうちのほんの一部を共にしたにすぎず、正直なところそこまで深い印象が残っていたわけではない。 身内と呼べる人がほとんどいないという事は知っていたけれど。
実際、彼女は担任の私の見る限りでは素行に全く問題はなかったし、家庭環境の割に虐められたりといった交友トラブルもなさそう…に見えた。 私達はごく普通に生徒と担任教師で、彼女は卒業して、私は新しい生徒を迎えて、そちらの事ばかり考えるようになった。
(41) 2023/11/15(Wed) 19時頃
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だから彼女についての印象は、とても深かったとは言い難かった。 少なくとも数か月前か…そのあたりまでは。
彼女について色々思い出すようになったのは、だからむしろ彼女が死んだ後だったかもしれないし… 明らかに色々と思い出すようになったのは、 この「死んだ彼女からの」 招待状が届いてからに違いなかった。
(42) 2023/11/15(Wed) 19時頃
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