3 ディアス家の人々
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この村にも恐るべき“人狼”の噂が流れてきた。ひそかに人間と入れ替わり、夜になると人間を襲うという魔物。不安に駆られた村人たちは、集会所へと集まるのだった……。
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夜風に乗って、遠くから声がとどきます。昨夜は幽かに。今夜は響き。きっと明日は……
(0) 2021/01/06(Wed) 23時頃
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そうね。 今日のドレスにはプリムローズのコサージュが良くてよ。 その方が、わたくしのかわいさが引き立つでしょ?
わたくし、今日こそ町に出たいの。 すてきなとのがたと、一晩中ダンスを踊りたいわ きっと、恋の予感よ? ねえ、そう思わない?
[メイドに服を着付けられながら、ひとときも落ち着くことなくしゃべり続け、くるりと体を回す。 ディアス家の幼い姫は、今日も城を出ることを夢見ていた。**]
(1) 2021/01/07(Thu) 00時半頃
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− 寝室 −
[ 夢を、見ていた。
今と同じ部屋で過ごした少年時代の夢。]
(2) 2021/01/07(Thu) 07時半頃
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[ 夢の中では、庭は陽光に溢れ、花は甘やかに香り、薄い翅をきらめかせた虫たちが元気よく飛び交っていた。
そんな光景はは、もはや、現実では見ることが叶わないかもしれない。]
(3) 2021/01/07(Thu) 07時半頃
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[ ディアス家の次男・ウィリアムは軍での作戦行動中に視力を損ない、除隊して館に戻っている。**]
(4) 2021/01/07(Thu) 07時半頃
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お目覚めになりましたか? 我が主。
[ウィリアムが寝台の上で身じろいだころ、扉の外から声を掛ける。 わがあるじ、と綴る声は吐息を含み、使用人に求められる規律を親愛の側に指一本分ほど踏み越えていた。]
(5) 2021/01/07(Thu) 12時半頃
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[アリステア・スペンサーと名乗るこの従者は、除隊したウィリアムが館に戻った後ほどなくしてディアス家に現れた。 視力を損なったウィリアムの生活に不便がないようにと、軍経由で紹介された従者であった。
以来、文字通りウィリアムの目となり手足となって、ひとときも離れることなく彼の側に仕えている。*]
(6) 2021/01/07(Thu) 12時半頃
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[アリステア・スペンサーと名乗るこの従者は、素性わからぬ男であった。 無論、紹介状にはこれまでの経歴が詳細に記されている。 しかし、これまで仕えてきた家はどれも遠方にあるか途絶えた家であり、直接男の過去を知る者はほとんど存在していない。
経歴を検証しようもない男であったが、ディアス家の者はそれを全く気にする様子はなく、雇用も実に速やかに決定された。 直接男を使うウィリアムもまた、男が家に現れた当初は同じだっただろう。*]
(-0) 2021/01/07(Thu) 12時半頃
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― 戦地(回想) ―
[それは深い森の中だった。 しんと冷えた夜気が降り積み、厚く重なる木々の葉が星空を閉ざす。そんな夜だった。 夜の鳥たちが鳴き交わし、遠くで狼が長く吠える。 思いのほか賑やかな夜の懐で、人間たちが夜を過ごしていた。 作戦行動中の小隊が、短い休息を取っていたのだ。
森を抜ければ目標地点だ。 何事もなければ夜明け前に彼らは出発し、銃火の中に身を投じていただろう。 だが、その機会は永遠に訪れなかった。]
(-1) 2021/01/07(Thu) 14時半頃
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[先触れは沈黙だった。 鳥たちが嘴を閉ざし、獣たちが動きを止めた。 風さえも止んだ異様さに、見張りの兵が銃を構える。 その体が唐突に二つに裂けた。
人の目には黒い風としか見えぬなにかが野営地に飛び込み、そこにいた人間を刈りとっていく。 寝ている者も起きている者も、等しく不可避の爪牙に掛かった。 人間が、反撃などできようはずもない。 逃げることさえ不可能だろう。 悲鳴と怒号が一つずつ途切れていった末、最後の一人に爪が伸びたその時、夜を闇が塗りつぶした。]
(-2) 2021/01/07(Thu) 14時半頃
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巻き込んでしまったね。 すまない。
[闇は玲瓏な声で喋った。 人の形をした月の雫のように青白く美しい肢体を、闇そのものを織ったような衣で包んだ麗人であった。
だが、闇の袖に包まれ守られた人間が、それを認識したかはわからない。 魔性の爪が空気を裂いた衝撃波を受けたか、魔の瘴気に当てられたか。 彼の両目はその時既に、固く閉ざされていた。]
(-3) 2021/01/07(Thu) 14時半頃
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私はあれを追わねばならない。 だからおまえの側にいてやることはできないけれども、
[吐息。甘く落ちるそれは彼の目蓋に降る。]
心配いらない。 必ず助けは来るよ。
[小隊を壊滅させた気配は既に遠い。 人間を喰らって力を増し、夜の奥に消えたのだ。 追わねばならない。 だが、この稀なる縁を繋ぐ時間くらいはあるだろう。*]
(-4) 2021/01/07(Thu) 14時半頃
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[ 扉の外から声が届く。>>5 扉などないもののように明瞭に。 実際、ないのかもしれないが、ウィリアムの目では確かめられない。]
── 入って構わない。
[ 上体を起こしたところで返事をする。 寝起きの乱れた姿なのは承知しているが、従者の手を借りなければ着替えもままならなかった。]
(7) 2021/01/07(Thu) 21時頃
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[ 軍からの紹介状を持って館に現れた新しい従者について、ウィリアムはその顔も知らない。 共通の知己もいなかった。
従者として、為すべきことをしてくれればいい。 戦地での話などしたくもなかった。
今のウィリアムは、使用人とは一定の距離感を保ちたいと思っている。 己が礼儀正しい紳士でいられるためにも。*]
(8) 2021/01/07(Thu) 21時頃
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― 戦地(回想) ―
[ 割り当てられた見張りの時間を終えて、毛布を引き上げて寝る態勢に入った矢先だった。 同僚の叫びがあがり、途切れ、重いものが倒れ込む音がした。
疲れてはいたが、若い身体は反射的に覚醒して転がり、木の幹で遮蔽をとる。
ひと呼吸のうちに、闇の中で声が弾けては、消えた。 生臭い匂い。
ひやりと冷たいものが背筋を伝う。]
(-5) 2021/01/07(Thu) 21時頃
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[ 動かずやり過ごせと戒める理性と、仲間を案じる焦燥と。 まだ生きている故の反応が漏れていたのか、未確認の襲撃者の影が迫る。]
──ッ
[ 薙ぎ払われた、と感じた。 肉体的接触があったわけではなかったが、当てられた。]
(-6) 2021/01/07(Thu) 21時頃
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[ 自分の身体が自分のものではないように鈍麻して傾ぐ。 けれど、大地に叩きつけられることはなかった。
何か滑らかで場違いな存在に包み込まれる。
注がれた言葉は、母国語としてではなく、意識に直に届くかのようだった。
謝罪──使命──慰撫──約束
混乱する。 状況のすべてが、不可解だ。 けれど、]
(-7) 2021/01/07(Thu) 21時頃
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…っ! 連れて行ってくれ。
[ 救援を待てと示唆する声を良しとせず、敵か味方かもわからぬ相手を掴む。
仲間の仇をこのまま放置して安閑と引き下がれるか。 彼我の力量の差は関係ない。
それはウィリアムを律する貴族の規範が言わせた願いだった。*]
(-8) 2021/01/07(Thu) 21時頃
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[魔に遭った人間が示す反応は、恐怖か混乱の二つに大別される。 だが、腕の中に囲ったこの人間は違った。 連れていけと求める言葉は、置き去りにされる恐怖ではなく、為すべきことを前にした使命感に根ざしている。
愛しいこと。唇だけでそう紡ぐ。 稀なる出会いはやはり、縁によって導かれたもの。 彼と出会うためにきっと、自分はここへ来たのだ。]
おまえを連れては行けないよ。 あれは人の手に余るもの。 そして、私が狩るべきものだからね。
けれど、おまえが私に力を貸すというのなら、受けよう。 おまえの命を、ほんの少し、私に分けてくれるかい?
[滑らかな声は、微かな喜色に濡れる。 糧は甘露だ。自ら差し出させたものならば、なおのこと。*]
(-9) 2021/01/07(Thu) 22時頃
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わたくし、ポリッジは嫌いですわ。 だって、なんだかとっても子供っぽいでしょう?
朝食なら、温めたパンにバターを乗せたのがいいわ。 はちみつをスプーン1杯たらすの。 とろり溶けたバターとはちみつがまざって、きっと金色よ。
[朝食の席ではうっとりとした顔で蜂蜜のパンを語る。 遠回しな好き嫌いの主張は残念ながら通らなかったけれど。*]
(9) 2021/01/07(Thu) 22時半頃
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[ 交わされる言葉は、戦いを語りながら、どこか戦場らしからぬものだった。 たおやかな物言いで、非日常的な提案がなされる。]
命を?
[ それは分けられるものなのか。]
(-10) 2021/01/07(Thu) 22時半頃
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[ 頼られて、こんな取引をもちかけるのは、善からぬ者だと警鐘が鳴る。]
── 護りたまえ。
[ 是とも非とも答えずに、自ら立たんとした。*]
(-11) 2021/01/07(Thu) 22時半頃
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[ いつものように最寄りの町から1時間ほどかけて歩いてくると(その半分はディアス家の敷地だ)、厨房につながる勝手口から屋敷に入る。]
おはよう。
[ 料理長に声をかけると「朝食の用意ができてるよ、先生」と言ってくれた。]
ありがたい。
(10) 2021/01/07(Thu) 22時半頃
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[ 妻が家にいれば、朝晩の食事を作ってくれるのだが、 現在、妻は義父の看病のため、郷里に戻っている。
そのため、いつもより早く来て、厨房のテーブルで朝食を出してもらっていた。 そうするよう計らってくれた当主はできた人である。
料理長の世間話に相槌を打ちながら、豆のスープとソーダパンをいただく。 さて、教え子はもう起きているだろうか。*]
(11) 2021/01/07(Thu) 22時半頃
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失礼します。
[入室を許可する声を受けて扉を開く。>>7 丁寧に手入れされた扉は軋みの一つもせず、柔らかな絨毯は足音を消す。 だから、主のベッドに近づく前に、サイドテーブルを指で軽く叩いた。]
こちらにお飲み物をお持ちしております。 着替えより先に、お飲みになりますか?
[トレイをテーブルに置いた音は聞こえるだろう。 豊かに漂う香りもまた。*]
(12) 2021/01/07(Thu) 23時頃
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[ 控えめに存在を示しながら、スペンサーが扈従する。 目覚めに潤いを与えるだろう温かな香りが空間を漂った。]
ああ、もらおう。
[ 器を倒したりしないよう、低い位置からゆっくり手を伸ばす。]
今は何時だ。
[ カップを手にとり、香りを吸い込みながら問いかけた。*]
(13) 2021/01/07(Thu) 23時頃
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[ セイルズの亡父は町の開業医で、ディアス家の主治医を務めていた。 血を見るのが苦手なセイルズは父の後を継がなかったが、 夫婦で町に戻ってきた彼に、ディアス家は家庭教師の仕事を与えてくれた。
現在の生徒は、10才の令嬢・ポーチュラカのみとあって、 授業の時間はそう長くない。
ただし、楽な務めかと言えばそうでもなかった。 おしゃまな少女は、ときおり、中年男には想像もつかない言動をする。]
さて、今日のお嬢様の調子はどうかな。
[ 料理長に朝食の礼を言って、地上階──貴族の方々の居住エリアへ向かうことにする。*]
(14) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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[彼の声に警戒の色が混ざる。 それも無理からぬこと。 今まで生きてきた世界からかけ離れた場所に、彼は踏み込んでしまったのだ。
それでもなおあからさまな拒絶はせず、ただ意思だけを見せる。 その振る舞いに、胸が震えた。]
(-12) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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[このまま攫ってしまいたい。 あるいはこの場で押し倒しても。
だが惜しいかな。時間が無い。]
貴きひとよ。名を聞いても? 私は、 という者だよ。
[確かにその時名乗った。 だが、彼は覚えていないだろう。 なぜならば、そのあと彼を闇で覆ってしまったからだ。]
(-13) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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おまえに印を残そう。 私がおまえを辿れるように。 この縁が途切れないように。
[囁きと共に彼を抱きすくめ、首筋に唇を落とす。 ふたつの皓牙を肌に埋め、溢れる熱を啜る。 ほんの、少しだけ。]
(-14) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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さあ、おやすみ。 今夜起きたことは忘れて。
目覚める頃には、おまえの仲間がここを通るよ。 だから安心して、おやすみ。
[牙の痕を拭い、指先で撫でれば血は止まる。 包み込む闇は、彼を深い眠りへと誘うだろう。 彼岸に待っているのは忘却の園。 次に会う時はまた、初めましてから始めよう。*]
(-15) 2021/01/07(Thu) 23時半頃
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[朝食を終えて、昼間用の衣服に着替える。 編み込んだ髪には赤い小花の髪留めをつけてもらった。]
今日はホーマー先生はいらっしゃるの? まあ!それじゃあうんと大人っぽくしてちょうだい。
だってあの方、わたくしのことをいつも子供扱いするんですもの。 ちゃんとレディの扱いを覚えてもらわないといけませんわ。 いつもお洋服もしゃんとしていませんのよ。 わたくしが見立てて差し上げれば、きっと良いと思いますの。
[侍女を相手のおしゃべりは、部屋を出ても止まることはない。 勉強のための部屋に移動しても、まだ喋っていた。*]
(15) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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[ 胡乱な相手ではあったが、名乗られて返さぬという無礼はあり得ない。]
ウィリアム ──… ディアス兵曹、だ。
[ つい、ファーストネームを口にしてから、訂正するように階級を名乗っておく。 この若さで下士官ということが、貴族の血筋の証明に他ならないことは気にしなかった。]
(-16) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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[ 玲瓏たる、だが意味を把握しかねる囁きが続いて、 引き上げられるかに思われた身体は抱き竦められた。]
── くっ、
[ 痛みではなく、存在感に圧倒されて声が漏れた。 指先がとらえどころのない輪郭を伝い、
後は沈黙。**]
(-17) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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まもなく9時になるところです。
[主がカップに伸ばした手に、さりげなく指を添えて導く。 カップの持ち手は、正しく主の方へ向いていた。]
今日はゴールディング様がおいでになる予定です。 昼食会にはお出になりますか? 庭で立食形式になるかと思いますが。
[次いで確認するのは、今日の予定だ。 ゴールディング男爵は当主の友人で、時折やってくる人物だった。*]
(16) 2021/01/08(Fri) 00時頃
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9時?!
[ そんなに寝ていたのか。 学生寮や軍では6時には起床していたものを。
早く起こせと指示することもできた。 だが、考えたのは──早く起きて、何をするのかということ。]
──、
[ 乾いた──否、手袋をはめた手が軽く触れてカップへと導く。 こんな簡単な日常の動作すら他人の手を煩わせてしまうものを。
小さくため息をついた。]
(17) 2021/01/08(Fri) 08時頃
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[ 来客の予定を伝えられ、軽く頭を振る。]
噂の種になりに行く必要もないだろう。 今日は、庭から見えないところで過ごすとしよう。
[ 家族しかいない時も可能な限り、食事は部屋でとることにしている。*]
(18) 2021/01/08(Fri) 08時頃
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では、今日のお召し物は気楽な物にいたしましょう。 着替えて朝食になさいませ。
[主がカップを戻すのを待って、着替えを勧める。 片膝でマットレスを僅かに沈ませるのを先触れに、彼のナイトローブに手を掛けた。
腰を留める紐を解き、ローブを肩から滑り落とす。 手を取って、寝具の間から出るよう促した。]
(19) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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[シャツから下着から、すべてを着付けていく。 手つきは素早く的確で、美術品を扱うかのように丁寧だ。 気楽な服といってもスリーピースだったが、生地は柔らかな綿を選んだ。]
こちらへどうぞ。
[椅子へ導いて座らせた。 穏やかな日差しの届く窓辺のテーブルだ。 少し開いた窓からは、外の音も入っている。]
(20) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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朝食をお持ちいたします。 少しお待ちを。
[主の前にカップを置いた後、部屋を下がる。 ドアが閉まる小さな音だけが部屋に残った。*]
(21) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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― 回想 ―
[戦地での仕事を片付けたあと、彼の素性を追った。 ウィリアム・ディアス兵曹。 名と階級、それと少しの推察力があれば特定は容易い。
前触れもなく訪れて、彼を攫っていくこともできた。 けれども少し、そう、遊び心を覚えたのだ。]
軍より紹介を受けました。 アリステア・スペンサーと申します。
[人間の体を纏い、名と身分を用意し、各所に手を回して彼の前に従者として姿を表した。 彼に仕えながら、その心を絡め取るのも一興だろう。 彼の、気高い魂に、もっと触れたい。]
(-18) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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[とはいえ、もともと乏しい忍耐は長くは続かなかった。 側近くに仕え、介助のために彼に触れるたび、欲が募る。 忠実で規律ある従者として振る舞うのも、限度がある。
だから、それは、*その夜の出来事だった*]
(-19) 2021/01/08(Fri) 11時半頃
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[ 文字通り手取り足取り世話を焼く従者に身支度を委ねる。 内心では忸怩たるものがないこともない。
学生寮や軍での経験もあるから、目が見えていれば、ここまではさせないのだけれど、 むやみに自分でやりたがるのも、甲斐がいしくされるのを恥ずかしく思うのも、却って使用人を困らせることになると思うからだ。 ならば、貴族らしく超然としていた方がいい。]
服の色と柄、織は。
[ 時間を訊ねたのと同じ調子で、確認しておく。]
(22) 2021/01/08(Fri) 19時頃
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[ 朝食を運んでくるという従者に、軽くうなずく。]
父はもう読み終えたろうから、新聞も頼む。
[ 従者に音読してもらうのも日課だった。
世情に疎くならないためというよりも、戦争の行方が気になっていた。 正確には──自分が視力を失うことになったあの晩に、何があったかという手がかりが見つからないものかと考えている。
それが叶わずとも、アリステアの声は心地よく、自分で読むより記事がよく理解できる気がするのだった。*]
(23) 2021/01/08(Fri) 19時頃
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― 回想 ―
[ 気がついた時は野戦病院だった。 後続の友軍に救助されたと聞いたが、どうやら不可解な状況であったらしく、対応は歯切れが悪かった。
目が見えないことについて、軍医は「強い閃光を直視しなかったか」とか「頭をぶつけなかったか」などと問診をしたが、ウィリアム自身、あの晩のことは曖昧糢糊として思い出せないでいる。 時間が跳んだように現実感がない。
最終的に、「眼球は傷ついていないが、失明は強いショックのせいかもしれない」という不確かな診断を受けただけだ。 小隊の仲間は全滅したと教えられたのは、もっと後のことだったけれど。
治療の手立てもないまま、とうてい前線には戻れぬ状況が続き、最終的に除隊を命じられた。 負傷原因が不明ながら勲章がついてきたのは家柄のせいだろう。]
(-20) 2021/01/08(Fri) 19時半頃
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[ 恩賞を軍に還付したのも、貴族としての自然な流れだったが、 その返礼のように、軍が従者という形で看護人を紹介してくれたのは、珍しいことだと思う。
若くて壮健な男なら、兵士に欲しいはずだ。 それがどうして回ってくる?
そんな推理から、アステリア・スペンサーに対しては、何か問題を抱えた人物なのだろうという先入観があった。 貴族の嗜みとして、表には出さないようにしたけれど、警戒はしていたのだ。*]
(-21) 2021/01/08(Fri) 19時半頃
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[ くしゃみをひとつした。]
これは誰か、わたしの噂をしているかな。
…おっと、そんな非科学的なことを言っていると、お嬢様の教育によくないか。
[ 勉強部屋に入る前から、ポーチュラカのおしゃべりは聞こえていた。 礼儀正しくノックをして、訪いを告げる。]
(24) 2021/01/08(Fri) 20時頃
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おはようございます、ポーチュラカさん。
今朝もよい天気でした。 さて、天気についてのことわざ、あるいは詩をひとつ、思い出して、言ってみてください。
[ おしゃべりに巻き込まれる前にと、さっそく課題を出す。*]
(25) 2021/01/08(Fri) 20時頃
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[ディアス家当主であるアルフレッド・モーリスは実直な人物として知られている。 派手な事業を起こすわけでもなく、社交界に華と咲くわけでも無い。 先祖伝来の土地と人を守り、昔ながらの領地経営を堅実に行っている。
狩りと犬を愛し、音楽と料理を楽しむ。 貴族としては、ごく普通の生活を送っていた。*]
(26) 2021/01/08(Fri) 21時半頃
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どうぞ。 入っていらして。
[礼儀正しいノックを聞いて、侍女が扉を開けに行く。 ホーマー先生は、部屋に入ってくるなり天気のことを口にした。]
ご機嫌よう、ホーマー先生。 ええ。今朝もとっても良いお天気。
でもわたくし、今は天気の話よりもおしゃれの話をしたい気分ですの。 もうすぐ仮面舞踏会もあるでしょう? わたくし、今から楽しみでしかたありませんのよ。
(27) 2021/01/08(Fri) 22時頃
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でもお天気の話も少しはした方がいいかしら。 レディですもの。とのがたのどんなお話にも、おこたえしなくっちゃ。 お天気の話にも、とてもおしゃれなお話があったでしょう? なんだったかしら、うーんと…そう。 どんな雲にも、銀色の裏地が付いているっていうお話、ご存じ?
すてきな話じゃなくって? 雨降りの真っ黒な雲でも、ほんとはみんなおしゃれしてるの。 雨が上がってお日様が戻ったら、雲はみんな舞踏会に行くんだわ。
先生は舞踏会にいらしたことはあるの? すてきな方とダンスなさったことは?
[うっとりと喋り続ける間に、侍女が先生のために椅子を引いた。*]
(28) 2021/01/08(Fri) 22時頃
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[ ポーチュラカの怒涛のおしゃべりが一段落するのを待つ。 途中で遮らなかったのは、他愛ないなりに筋道だった話だったせいだ。
年の離れた兄弟がいるせいか、ポーチュラカにはおしゃまなところがあると思う。 それはとても微笑ましいが、自分は彼女と遊んでいればいいナニーではない。]
ポーチュラカさん、君の発音は明瞭でとても良い。 雲の話も独創的で面白かったです。
ただし、一般的に男性は、そういった御伽噺をする相手を子供っぽいと感じるもの。 教養に基づいた会話を心がけることが肝要です。
ちなみに、詮索好きなのも女性の気質とされているが、それを好む男は少ない。 覚えておくといいでしょう。
(29) 2021/01/08(Fri) 23時頃
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ふむ、それでは、今日は、君が楽しみにしている仮面舞踏会についての講義としよう。
仮面舞踏会の起源や意義について、学術的な知識を持っていれば、 より一層、仮面舞踏会について本質を外れることなく楽しむことができるはず。
質問や意見がある時は、挙手をして、許可を得てからにすること。
[ セイルズなりに、生徒が興味をもって学習に取り組むことができるように工夫はしているつもりだ。*]
(30) 2021/01/08(Fri) 23時頃
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